SCENE-005 日課の散歩


 慣れてしまえば〔獣化〕するのも、元の姿に戻るのも一瞬で、簡単だと言っていたのに。ロウジンは第十七層のセーフエリアで変化したきり、立っている私と肩の高さがそれほど変わらないようなオオカミ姿のままで私についてくるから。二人の首にある、首輪じみた茨模様と相まって、ますます〝飼い犬の散歩〟じみてくる。


 〔獣化〕していようと、していまいと、獣士ビーストの職分で私よりも気配察知能力の高い二人が、私に先んじてモンスターの存在に気がつくのはいつものダンジョン探索と変わらないけど。完全に〔獣化〕している今は、適正レベルよりも浅い階層に潜っていて戦闘に余裕があることも相まって、モンスターを見つけるなり、ロウジンが代わり番こにたったか駆けていき、私と私のそばに残ったもう一人が追いつく頃には格下のモンスターを余裕で仕留めてしまっているから。たまに仕事があっても止め刺しくらいのもので、私の気分はすっかり、狩猟犬の散歩を兼ねた害獣駆除だ。


 獲物はいくらでも湧いて出てくるし、仕留めた獲物をいちいち解体する必要もなくて。どこのダンジョンでもシャワー付き、装備のクリーニングサービス付きの更衣室やドロップアイテムの買取場が狩場に併設されている分、出会えるのかもわからない獲物を探して野山を歩き回ったり、罠を仕掛けて見回りをする必要がある実際の害獣駆除よりも、ダンジョンでのモンスター狩りの方が、環境的に相当恵まれているとは思うけど。




『そういえば、姫って〔騎乗〕スキルを持ってたよね?』

「持ってるけど……乗らないわよ?」

『えー?』


 そのうち、もっと〝狩りあそび〟のペースを上げたくて仕方のなくなったジンが、私のことを背中へ乗せようとしはじめて。ぐりぐりと体を押しつけてくる狼犬おおかみわんこの物理的なプレッシャーに、私は憂鬱混じりの息を吐く。


「乗らないってば」


 それはそれとして。毎日お風呂に入って身綺麗にしている文明人がスキルによって姿を変えたもふもふけだものの毛並みは、酷く手触りが良くて。

 ぴったりと体を寄せながら隣を歩いているジンの背中に腕を乗せ、何気なく撫で回しながら歩いていると。


 私のことをオオカミの巨大な体躯で挟むよう、ジンの反対側を歩いていたロウがするりと人の姿に戻るのが、視界の端にちらりと映った。


「ロウ?」


 それ自体は、何もおかしいことではないし。私としては、むしろ〔獣化〕するのはモンスターにエンカウントしてからでいいだろうと思っていたくらいだけど。


 今までと違う行動をとったロウに、どうかしたのと声をかけると。私の声かけには答えず、ロウはおもむろに手を伸ばしてきて。


「あっ!」


 ひょいっ、と持ち上げた私のことを、ジンの背中へぽすりと下ろした。


「乗らないって言ったのに!」

「この方が速い」


 私がきちんとジンに跨るよう、ご丁寧に向きまで変えさせて。

 私のことを捕まえていたロウの手が離れた途端。私が背中から降りてしまう前にと、ジンがたったか駆け出したから。

 うっかり振り落とされないよう、しがみついているうちに、〔獣化〕して追いかけてきたオオカミ姿のロウジンの隣へ並ぶ。


「足が遅くて悪かったわね……」

『そうは言っていない』


 誰かに見られたらどうするの、という私の至極常識的な訴えは、見られたくないなら避けて通ればいいだろうと、まともに取り合ってはもらえなかった。



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