SCENE-003 犬の嗅覚


吉田よしだめぐみの匂いがする」


 教室棟から出てきた私と目を合わせるなり、くしゃりと露骨に顔を顰めて。つかつかと距離を詰めてきたジンが、おもむろに首元へ顔を突っ込んできたから。いったい何事かと思った。


「誰?」

「国文科の一年」

「……茶髪の?」

「そう」

「トイレで会ったかも」


 そんな名前だったかな……と、いまいち確信が持てないので断言はできないけど。

 ジンが言うならそうなんだろうな……と、八割くらいは納得している。


 自分の髪をつまんでくんっ……と嗅いでみた私が嗅ぎ慣れた整髪料の匂いしか感じられなくて、首を傾げると。私のことを壁際へと引っ張っていったジンの指が、首元から毛先まで、絡んだゴミでも取り除くよう、何度も髪をすいてきて。最終的に、今日は結わずに下ろしていた髪を片側に寄せて一纏めにした。


「すれ違ったくらいじゃこんなに匂わないよ」


 それなのに、どうしてこんなに匂うのか。

 じっ……と問い詰めてくるジンの視線に、私はとぼけるつもりもなく、どうしてかしらね、とまた首を傾げる。


「少しだけ話はしたけど……触られてはいないわよ?」

「それはわかってる」


 尚もじーっと見つめてくるジンに、トイレでのやり取りを話して聞かせると。露骨に嫌そうな顔をしてみせたから、すっかり喉元を過ぎた気分でいた私は笑ってしまう。


「眉間の皺、取れなくなっちゃうわよ」


 むっすーとしたジンが人目も憚らず懐いてくるのをあやしているうちに、姿の見えなかったロウも合流して。さてダンジョンおたのしみの時間だと構内を出る頃には、ジンの機嫌も持ち直していた。



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