第4話 難解と何回
身体能力
筋力:C-
スタミナ:D
反射神経:B
走力:D
柔軟性:C
視力0.7
格闘技経験:無し
マナタンク:D
状態
長期間の栄養失調。
長期間の睡眠不足。
動体視力は良い。
気合十分。
■■■■■。
特記事項
スキル【ガチャ】を所持。
スキルの基本能力は別紙記載。
実験結果
マッチポンプ的な方法で神貨を出現させる実験を一週間に渡り行ったが、全ての実験内容に置いて神貨の出現は見られなかった。
救援者が認知して用意された『危機』では、発生条件は満たせない物と推測される。
「それが、貴方の現状です」
一週間。
俺は紀遠と毎日ダンジョンに入った。
その期間で判断されたデータを用紙に纏めて見せて貰った結果がこれだ。
「この状態の所の黒いのは?」
「それは……ただの印刷ミスなので気にしないで下さい」
「そうか」
「身体能力はエクスプローラーになって一月と言われて納得できる程度ですね。そして、肝心のスキルは厳しい発動条件を持ちつつズルはできない」
「まぁ、そんな事だろうなとは思ってたよ」
マッチポンプで神貨が出現すればそれが一番良かったが、そこまで都合の良い話は無いらしい。
因みに神貨は一人一枚までしか生成されないとか、そういう事はない。
神貨の生成条件は『同じ人物から一日一枚まで』だ。
これは、スキルの記憶で分かってる。
「本当に理解していますか? スキル無しでダンジョンに入るのは、全裸で極寒に飛び込む様な物。貴方はそんな状態で、他のエクスプローラーの命を救えという無理難題を出されているのですよ?」
エクスプローラーは必ずスキルを持つ。
敵はそんな人間が命の危険を感じる相手。
俺なんかが太刀打ちできる訳がない。
そんな俺が彼等を助けられる訳が無い。
そういう話なんだろう。
「分かってる。どうすればいい?」
「やるんですね?」
「あぁ、やるさ。それしかないんだから」
俺は強くならなきゃいけない。
それに俺は幸運なんだから。
なんとかなるだろう。
「バランスの良い食事。持続的なトレーニング。スキルの理解。それは前提として、そもそも券痲、貴方にはスキル無しでも私を制圧できる程度の格闘能力を手に入れて貰います」
「制圧? あんた回復役だろ?」
「そうですが、だから戦闘力が不要だとでも? A級はそこまで甘い世界ではありませんよ」
なるほどな。
だから社内のトレーニングルームに連れて来られてる訳か。
この一週間で所属してたエクスプローラーの半分以上が転職したらしい。
伽藍洞のこの部屋なら時間も気にせず動き続ける事ができる。
それに、紀遠の回復能力はこの一週間で知らしめられた。
マジで、毎日長時間やる気なんだろう。
「私は女です。貴方より骨格や筋力においてハンデを持っている。逆に、ダンジョンの魔獣はどれも貴方以上の身体能力を基本的に有する怪物です。私程度が制圧できずして、それに立ち向かおうなど言語道断」
グローブと脛宛を付けながら、紀遠は立ち上がる。
「さぁ、かかって来なさい」
◆
頭いてぇ。
つうか、何やってたんだっけ?
あぁ、そうだ。
あの女に、おれ……
「おっす。なんでこんな所で寝てんだ?」
俺の顔を覗き込んでくる片足のおっさん。
多分、何があったか知ってやがるな。
ニヤニヤしやがって。ぶっ飛ばすぞ。
「ボコられた……」
「あぁ、だろうな」
「謝っても許してくれなかった」
「そうだな。紀遠はそういう奴だ」
「土下座して靴舐めますって言ったら、顎蹴り飛ばされた」
「え、それは俺も引くわ。お前に」
殺されかけたんだぞ。
だいたい百回くらい。
何が回復できるから大丈夫だ。
ただの拷問じゃねぇか!
「まぁ落ち着けよ。紀遠のやり方は実際正しいだろ」
「はぁ? あの暴力女の何が……」
「しょうがねぇだろ、お前弱いんだから。お前を強化する方法は二つ。スキルツリーを覚醒させるか、単純に身体的な戦闘能力を向上させるか。けど、スキルの覚醒なんざ一朝一夕にできる事じゃねぇ」
だから、ボコったって?
それで納得しろって?
ふざけんな。不運過ぎるだろ。
「俺はもっと幸運なハズだ」
じゃねぇとおかしい。
だって俺はずっと不運だったんだから。
今度こそは、
「もっと都合が良い感じになるんじゃねぇのかよ。神スキルに覚醒して、人生イージーで、ただ運が良いだけで他人にドヤ顔決められるような⋯⋯」
良い飯食えて、良い女抱けて、
家族の事情も全部解決していくような。
そんなレールに乗っかったんじゃねぇのか。
「知らねぇよ。幸運とか不運とか、お前が勝手にそう思ってるだけだろうが」
「はぁ!? 黙ってろよてめぇ、俺の苦労も知らねぇでっ……」
松葉杖。
足が無い。
同僚は死んだ。
もう居ねぇ。
もう会えねぇ。
14人。
「⋯⋯俺は調子に乗ってんのか?」
ちょっとスキルに目覚めて。
才能があるみたいな扱いになって。
おっさんでも勝てない様な相手を倒して。
せっかく命助けてやったのに、その恩人ボコるとか何考えてんだ。
みたいな事思って。
「いいや、お前はただ嫉妬してるだけだ。お前より幸せそうな奴しか、お前は見てこなかったから。当たり前の事だよ」
強さが必要。
そう言ったのは俺だ。
なのに⋯⋯
俺はその為の訓練にも文句言ってる。
「まぁ男にはプライドっていう余計なモンがちんちんと一緒に生まれながら垂れ下がってるからな。女に良い様にされてムカつくのは分かるぜ? ちょっと歩くか、この本社ビル案内してやるよ」
おっさんが手を差し出す。
俺はそれを握った。
「悪かったなおっさん」
「気にしてねぇよクソガキ」
気にしてんじゃねぇか。
廊下を歩く。
殆どの部屋は灯が付いていない。
既に終業時間を過ぎてるらしい。
スマホを見ると7時を回っていた。
「前はもっと明るかったんだぜ? 居残って鍛錬してる奴とか珍しくも無かったから」
けど、今はそんな奴は殆どいない。
それだけ、所属してるエクスプローラーの数が減ったって事だ。
このおっさんは何を思っているのだろう。
悩んでないのか?
辛くならないのか。
そう、あけすけに聞けるほど度胸はない。
「あ、あの部屋は灯付いてるじゃん」
「あぁ、あれはマナの訓練室だ。ちょっと覗いて見な」
ドアに付いている覗き窓から、その奥に視線をやる。
すると、そこには真剣な表情で水晶に青いエネルギーを込めている女が居た。
「紀遠……何やってるんだ?」
小声でそう呟くと、おっさんが小声で教えてくれた。
「マナタンクの増加訓練だ。ああして水晶にマナを送る事で効率的にマナを消費できる。マナの貯蔵だって身体機能だから、ああして使ってれば容量が増えるのさ」
マナってのは、スキルを使うのに必要なエネルギーだ。
増やせる物なんだな。
つうか、これを優先すべきだよな。
回復するのが役割なんだから。
「少し前、あいつに聞いたんだ。『お前は辞めなくていいのか』ってな」
「……紀遠はなんで辞めなかったんだよ?」
「俺と同じ。ただのよくある『復讐』さ」
その言葉が指し示す意味は一つしかない。
それを理解してしまえば、やっぱり思う。
「じゃあ、俺の世話なんかしてる場合じゃねぇだろ」
「だが、あいつがお前を気に掛けてるのは、間違いなくあいつ自身の意思だぞ」
「なんで……」
「そりゃ期待してるって事じゃねぇの?」
「手も足も出ずボコられる俺に何を期待すんだよ」
自虐的に笑った俺に、竜吾は鼻で笑って答える。
「そんなの、お前があいつの命を助けたからに決まってるだろ」
過度な評価だ。
俺の力はたった五分。
それを過ぎれば凡人以下。
あの力が恒常的な物であればと、この一週間何度思った事か。
紀遠にもやるべき事がある。
なのに俺を優先してくれている。
それは俺に期待しているから⋯⋯だって?
「おっさん、紀遠がいるのを知ってて態と俺をここに連れて来たな?」
「さぁ、どうだかな。俺はあんまり隠し事が得意じゃねぇから詮索すんな。つうかそろそろ帰るわ。嫁が夕食作って待ってんだ」
後ろを向いて手を振りながら、竜吾は立ち去っていく。
そのポケットから一枚の紙が落ちた。
「おっさん? 落としたぞ?」
そう声を掛けるが、おっさんはそのまま歩いて行った。
拾い上げてその紙を確認する。
それを見て大体察しがついた。
俺は扉を開けて中に入る。
「
紀遠は俺と視線を合わせなかった。
「
「はい」
ムカついたのは事実だ。
けど、紀遠は俺の為にやってくれてる。
そこに疑いの余地は無い。
俺も、紀遠を信じよう。
「明日もよろしくお願いします!」
頭を下げると、紀遠は微笑んで頷いた。
「ふふ、勿論ですよ。大器晩成です」
「あと、敬語要らねぇよ? あんたの方が年上だろ?」
「いえ、まだ日本語は練習中で敬語の方が話しやすいんです」
「あぁ、そうだったのか。因みに何処出身なんだ?」
「アメリカから、5年程前に来ました。ちなみに芹沢は日本人の母の苗字で、アメリカでは父の苗字のムーア・キオンと名乗ってました」
「帰国子女って言ってたもんな。そういう事なら敬語で大丈夫だ。てか俺も敬語の方がいいですかね?」
「いえ、そのままの方が話しやすいので、できればそのままでお願いします」
「オッケー、そうするよ」
「あ、
すさまじくネイティブに紀遠はそう言って微笑んだ。
それを見て俺も笑い返す。
俺は幸運の意味をはき違えていた。
それは決して最強の力を得る事じゃない。
それは、俺を思ってくれる存在が居るって事だ。
身体能力
筋力:C-
スタミナ:D
反射神経:B
走力:D
柔軟性:C
視力0.7
格闘技経験:無し
マナタンク:D
状態
長期間の栄養失調。
長期間の睡眠不足。
動体視力は良い。
気合十分。
精神が幼い。(竜吾さん、慰めてあげてください。その・・・私だと傷つけてしまうかもしれないので・・・)
走り書きで付け加えられたその一文を見て、俺は自分の幸運を再認識した。
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