第3話 退院と入社


「やばい、早くダンジョンから出ねぇと!」


 飛び起きた俺の視界一面に飛び込んだのは、一面の白だった。


「おはようございます。七箱券痲ななはこけんまさん」

「誰? てかその前に、何処っすか?」

「ここは病院です。貴方は無事ダンジョンより帰還しました」


 病院。

 病院か。

 じゃあ生きてるのか。

 周り見れば確かにここは病室だ。

 それも一人部屋。


「って事は、貴方は看護師とか医者とかですか?」

「違いますよ。私は芹沢紀遠せりざわきおん。貴方に助けて頂いた鶴です」

「……え?」

「失礼、冗談です。ふふ」


 やべぇ、クソつまんねぇ。

 なんでドヤ顔なんだこいつ。

 自分で笑ってんじゃねぇよ。


 っていうか紀遠って確か……

 あの時ティラノに飲み込まれてた人だ。

 そうか、ちゃんと助かったんだな。

 良かった。


「まずは感謝を。私と上司である竜吾を助けていただいた事、本当にありがとうございました。貴方のスキルのお陰で私は二人を抱えてダンジョンから脱出する事ができました」

「竜吾、あの人も無事なのか」

「はい。今は別室で療養中ですが、正直エクスプローラーへの復帰は難しいでしょう」


 竜吾の傷はかなり深そうだった。

 腹の傷も内蔵を傷つけてそうだったし。

 足に至っては一本無いのだ。

 それを治すなら、相当な大金を積んで医療、スキル、アーティストなんかを揃える必要があるんじゃないだろうか。


 金も手間もかかる話だ。


「そうですか……」

「それで、貴方にご提案なのですが」

「はい?」

「我々の企業ギルドに加入していただけませんか?」


 ギルドとは、エクスプローラーを社員とする雇用形態の事だ。


 団体に所属するメリットは大きい。

 チームプレイが必要な問題に対しても早急かつ円滑に対応できる。

 けど俺はつい先日あったばかりの他人だ。

 それにまだ歴は一月しか経ってないと竜吾には伝えてある。


「俺なんかをどうして?」

「竜吾さんから多少聞いた話と、実際に私が体験した事。それらを踏まえて貴方のスキルが何なのか、私は予想を立てました」


 ガチャがバレたのか。

 一瞬、そう思った。


「貴方のスキルは【模倣コピー】ですか?」


 どうやら違ったらしい。

 しかし、状況的にそう考えてもおかしくない。

 そういう側面も実際あるしな。


「貴方の事は少し調べました。ご家族の事情。異宮探検者エクスプローラーとしての歴と実績。それら全てに対して、我がギルドは最大限の支援を約束いたします。どうでしょう、私の提案は貴方にとっても有力な物と考えているのですが」


 家族の事まで知ってるのか。

 いや、おっさんには話したしな。

 別に知られて困る事でもない。

 ギルドの支援か。

 きっと金の話も入ってるんだろう。

 それに、俺のスキルを紐解くヒントもあるかもしれない。


 けど、懸念が一つ。


「ごめんなさい。俺のスキルは、貴方の期待する物とは違う」

「そう、ですか。失礼しました。急ぎ過ぎましたね」


 病室が静かになる。

 紀遠きおんは少し眉をひそめた。

 整った顔が暗みを帯び、ハーフロングの金髪が少し垂れている。


 しかし、その静寂は直ぐに崩された。

 病室の扉が開き、そいつは大声でしゃべりかけて来たんだ。


「おぉい! 券痲は起きたか!?」

「病院だぞおっさん」

「病院ですよ竜吾さん」


 俺と紀遠の注意を微風の様に受け流し、おっさんは笑う。


「はっはー、悪い悪い。って、お前等なに辛気臭い顔してんの? あ、もしかしておっさんお邪魔でしたか?」


 松葉杖をついて片足で歩くおっさん。

 けどそこに悲壮感は感じない。

 仲間が15……いや14人死んだんだろ。

 それにアンタは復帰できねぇんだろ。

 なんでそんな元気そうなんだよ。


「竜吾さん? 七箱さんに失礼です」

「つーかあんたは何しに来たんだ?」

「そりゃ様子見に来るだろ。てか元気そうなら行こうぜ」

「行く? 何処に?」

「飯、好きなだけ食っていいぞ。ダンジョンでは助かった」

「あ、マジ!? 行く行く」

「寿司と肉どっちがいいよ?」

「んー、両方」

「はぁ、全く……竜吾さんは。私も驕って下さい」

「しゃーねぇなー」



 ◆



 結局、焼き肉になった。


 うま。

 幾らすんだこの肉。

 これだけで8000円!?

 食った事ねぇんだけどこんな肉。

 うますぎる。


「良い食いっぷりだな」


 テーブル席の向かいから、おっさんが何か言ってる。

 俺は無視して肉を口にかきこんだ。

 いつも貧乏飯だったからだと思ったが、それ以上に飯が喉をよく通る。

 腹の中で一瞬で消火されてるみてぇ。

 なんか、死ぬほど腹が減ってる。


「俺もお前もマナエラーだったからな、良く食っとけ」

「マナエラー?」

「スキルの使い過ぎってこったよ」

「……なるほど」


 俺が気絶した原因はそれか。

 確かに。

 あの時の異様な気持ち悪さは常軌を逸してた。


「この高級肉寿司頼んでもいい?」

「あぁ、いいぞ」


 ビール片手に気前よくそう言ってくれるおっさんの言葉に甘え、俺は食いたいモンを片っ端から注文した。



「あぁ、もう腹一杯だ……マジ満足」

「奢りがいあんなお前。なぁ券痲、一つ聞きたいんだがいいか?」

「なんだ?」

「紀遠はあん時完全に死んでた。お前はそれを生き返らせたよな。あの力は、俺の他の仲間達にも使えるか?」


 期待の籠った真面目な問だった。

 だから即答した。


「無理だ」


 ガチャは排出されるスキルは選べない。

 いや、仮にまたあの【蘇生】のスキルが出たとしてもおっさんの願いは叶えられない。


 あのスキルの発動条件。

 それは死後60分以内。

 そして、死体が目の前にある事だ。


「そうか……まぁ、だろうとは思ってたよ。そうか⋯⋯」

「悪い」

「謝るこたねぇさ。お前はなんも悪くねぇ」


 少しだげ、おっさんの顔に影が差す。

 おっさんは誤魔化す様にビールを煽り、直ぐに元の表情に戻った。


 思う所が無いからへらへらしてるんじゃない。

 多分それは、責任感とかそういうのなんだろう。

 大人の、俺にはまだよくわからない感覚だ。


「死んでいたってどういう事ですか?」

「いやぁ、お前めっちゃグロかったんだぜ?」

「うん、正直あの時は吐きそうだった。肉食い終わってて良かった」

「そんな見た目悪かったんですか? 鬼に金棒という奴ですか」


 マジ1ミリも掠ってねぇな。


「でたな、日本かぶれの帰国子女」


 なんだそのパワーワード。


「生物を生き返らせるスキルなんて聞いた事もありませんけど」

「俺もねぇな」


 二人の視線が俺に集まる。

 いや、俺もねぇよ。

 かと言って、それで納得してくれる訳もなし。


 いや、言いたくないと言えば、きっとこの二人は詮索なんかしてこないだろう。


 少なくともおっさんはダンジョンでもそう言ってた。


 けど、病室で目覚めてからずっと思ってた。

 確かに俺は【幸運】だけど。

 でも、俺のスキルはピーキー過ぎる。


 制限が多いし、その分当たりの効果は破格だが、調べないといけない法則も色々残ってる。


 例えば『命を救う』の定義・範囲とか。

 例えば『神貨の同時使用』が可能かとか。

 例えば『マナの消費量』とか。


 素人に毛が生えた様な俺が一人で抱えるには、難し過ぎるスキルだ。


「俺のスキルは【ガチャ】だよ」


 だから、言う事にした。

 俺の中でこのおっさんはもう……

 信用できる人間だから。


「「ガチャ?」」

「詳しく説明するよ。俺の力について」




 ◆




 俺は説明を始めた。

 判明しているガチャの効果。

 実際、ティラノサウルスからおっさんを助けた瞬間までは、本当に使い方が分からなかった事。

 不運を『奉納する』という性質。

 残りの不運が無いから以前の様な強力な力は使えない事。


 全て正直に話した。


「なるほどな。紀遠、どう思う?」

「例えば、その神貨という物が併用可能なら、百枚も集めればその五分間は凡そ無敵と呼べる力を得るでしょう。天下無双です」

「短所は?」

「入手ルールの検証が必要な事。スキルのランク毎の出現確立の検証が必要な事。単独ではスキルが発揮しないという事。そして、神貨を持っていなければ、彼は間違いなく全エクスプローラー中最弱という事。他にも幾つか考えられますね」

「まぁ、俺も概ね同じ意見だ」


 幾つも浮かんでくる弱点。

 そうだ。

 俺も今紀遠が上げた内の幾つかは気がついてた。

 俺のスキルは使い勝手が悪い。


「なぁ券痲、普通自分のスキルなんて大事な秘密を昨日今日会った人間に話したりしねぇだろ。なんで話してくれたんだ?」

「そうだな……このスキルを初めて使った時、何かが変わったっていう漠然とした確信があった。この先の俺は幸運だっていう確信。だから……」

「……だから、なんだ?」

「あんたたちと出会えた事も、きっとその幸運の内なんじゃねぇかと思ったんだ。それにあんたら二人が信頼できるのは、ダンジョンの中での行動を見て確信してる」


 竜吾も紀遠も、俺を見ながら微笑む。

 思った事言っただけだっつの。

 俺はグラスのお茶を一気に飲み干した。


「なぁお前さ、俺のギルドに入れよ」


 紀遠は何も言わない。

 一度俺に断られた事をなんで竜吾に言わないんだろ。

 我関せずでウーロンハイ頼んでるよ。

 この人俺より年上だったのか。

 見た目年下なんだけどな。


「つっても俺のギルドは主力を殆ど失った。真面に戦えるA級は紀遠だけだ。B級以下も今回の件で何人辞めるか分かんねぇ。そんな泥船で良いならって話だがな」

「ちょっと待て、俺のギルドってあんた何者なんだよ?」

「あぁ、言ってなかったか。俺はギルド【幻獣ビーステリア】の社長、ようするにギルドマスターってこった」


 ギルドマスター……

 しかも【幻獣ビーステリア】って超有名企業じゃ……


「あのテレビとか出てる?」

「竜吾さんは出ませんよ。絶対失言するので」

「はっはっは、まぁな」


 なんでドヤるんだよ。

 ただ高ランクのおっさんじゃねぇのか。

 いや、今やただのおっさんになりかけてるが。

 足ねぇからそれ以下だが……

 にしたって、本物かよ?


「どうだ? 俺たちにはノウハウがある。エクスプローラーの育成実績や取引相手の宛がある。個人でやるより、お前の為になると思うぜ?」

「なんでだ。今言っただろ。俺のスキルは……」

「関係ねぇさ。お前は命の恩人なんだから、恩は返す。それに打算はあるぜ、お前が強くなれば俺が得する。その為の投資みてぇなモンだ」


 ほら見ろ。

 俺はやっぱり幸運だ。

 こんな人物に出会えた事も。

 こんな提案をして貰える事も。


「恩は返すよ。その為に俺を強くしてくれ」

「また返されるのかよ。延々ループになるじゃねぇか」

「いいだろ別に。毎回貸した量より少しでも多目に返せば、ずっと得し続けられるって寸法だ」

「なるほど。お前中々賢いな。なぁ紀遠?」

「意味不明な計算式ですが、嫌いではない理屈です。因果応報です」


 何が因果応報なのか全く分からん。

 しかし、彼女は好意的に微笑んでいた。


 そうして、俺はギルド【幻獣ビーステリア】にE級エクスプローラーとして所属する事になった。




 ◆




「それでは始めましょうか」

「うす」

「まずは貴方の力量の測定とスキルの検証を行います。大丈夫、死以外は大体殆どノーダメージ、全て私が回復してさしあげましょう。百鬼夜行です」


 ルビに『ゾンビアタック』とか書きそうだが一回無視しとこう。


 俺は芹沢紀遠と共に、ダンジョン探索を開始した。

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