55
登校はしたが、葛城が来ないうちに始業ベルが鳴った。
あれからどうなったのだろう。
センター試験も終わり、クラスの空気が柔らかいものに変わっていた。
今までのうっぷんを晴らすかのように、おしゃべりの声が大きい。
クラス担任が入ってきた。
「お前ら、本当にお疲れさん。まあ受かるかどうかは別として、一応やり切ったんだ。当分はゆっくりしろと言いたいところだが、気を抜きすぎないようにしろよ」
いつものように始まった朝。
しかし葛城はいない。
帰りに行ってみようかと思っていた休憩時間に、クラス担任から呼び出された。
「飯田、葛城から聞いた。昨日は大変だったみたいだな」
「いえ、私は何もできなかったので。それより葛城はどうして休んだのですか?」
「ああ、葛城からお前には伝えてくれと言われたから来てもらったんだ。葛城のお母さん、緊急手術で出産なさったそうだ。相当小さい未熟児で予断は許されない状況だそうだ。お父さんが付き添っているらしいが、当分休むと言っていた」
「そうですか。分かりました」
「三年生にとっては試験が終わって気が抜ける時期
だが、三学期が終わったわけじゃない。お前もいろいろ大変だろうが、葛城はお前を頼りにしているみたいだから、余裕がある時で良いから気にかけてやってくれ」
「もちろんです」
「それで? 手ごたえはあったか?」
「やるだけはやったという感じです。まあ、今から焦っても仕方がないので」
先生はそりゃそうだと言って、私の肩をポンと叩いた。
すでに賽は投げられたのだ。
私は教室に戻りながら葛城のことを考えた。
本当なら学校に来て、みんなと話をしたかったに違いない。
それなのにお前は自分より家族を優先しているんだろうな。
それにしても葛城……お前って前世で何をやらかしたんだ? 付き合ってやるから一度お祓いにでも行くか?
「一度帰ってから行ってみようかな」
私はそう声に出してから教室に戻った。
淡々と授業を受け下校時間を迎える。
クラスメイトに手を振って駅へと急いだ。
もう兄の乗った飛行機は飛び立っただろうか。
「ただいま」
事務所に顔を出すとばあさんがいた。
「ああ、お帰り」
私は先生に聞いた葛城の事をばあさんに話した。
黙って聞いていたばあさんがポツリと言う。
「まあ月齢的にも問題はないだろうが、双子っていうのがねぇ。可愛いけれど育てる方は大変さ。まだ入院してるんだろ? じゃあ家にはあの姉妹だけなのかい?」
「たぶんね。私、今から様子を見てこようかと思うんだけど」
ばあさんがチラッと時計を見た。
「ちょっと待っていなさい。もうすぐ恵子が戻るから、一緒に行けばいい」
私は頷いて家に戻った。
げんきんなもので、試験が終わったとたんに勉強する気分がきれいに消滅している。
鞄から教科書を出すのも億劫だ。
私は母さんが戻るまで、封印していたコミック本を手に取った。
「洋子、行こうか」
玄関で母の声がして、私は急いでコートを手に取り玄関に向かう。
外に出るとチラチラと雪が舞っていた。
道理で寒いはずだ。
「ねえお母さん。お兄ちゃんはもう着いたかな」
「もう着いてるんじゃない? 東京でこれだけ寒いんだから、あっちはとんでもない寒さなんじゃないかしら」
「そうだよね。お兄ちゃんが寒いっていうより痛いが近いって言ってたもん」
母が楽しそうに笑う。
「帰りに買い物して帰ろうか」
私の声に母が頷いた。
「今日は鍋にしようか。白菜はあったし、ネギと油揚げもあるから……」
私は頭の中で塩ちゃんこの具材を思い浮かべ、買い物リストを組み立てていった。
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