41
翌日の午後、静香さんから連絡があり見舞いに行くことになった。
お礼も兼ねて迎えに来てくれるというので、急いでプリンを作り手土産にする。
静香さんは来るなり事務所に行き、ばあさんと父さんにぺこぺこと頭を下げていた。
この人もうっかり結婚したばかりに、しなくて良い苦労をしているんだよなぁ。
「ではお嬢さんをお預かりします。なるべく早い時間に送ってきますので」
静香さんの言葉に母が頷く。
「よろしくお願いします」
車に乗り込むと、静香さんが大きなため息を吐いた。
「本当にごめんね、洋子ちゃん。迷惑かけっぱなしで面目ないわ」
「そんなことないですよ。静香さんこそ会社大丈夫ですか? けっこう休んじゃってるでしょ?」
「そうなのよ。せっかく希望の部署に配属されて、今からバリキャリ目指すぞって思ってた矢先でしょ? もう肩身が狭くて」
「大変ですね、大人って」
「自分で選んで大変にしちゃってるだけだから。でも最初に躓くとなかなか挽回できないのよね」
「おじさんは出勤したのですか?」
「休もうかとは言ってたけど、いても沙也ちゃんが困るでしょ?」
「ああ、そうですね。気まずいですよね」
「何て言うか不器用すぎるのよね。視野が狭いって言うか、キャパが小さいって言うか、バッファがないって言うか」
私は無表情で笑いを堪えた。
「あら、ごめんなさいね。ふふふ、ちょっとすっきりしちゃった」
「それなら良かったです」
「深雪に聞いたのだけれど、来たんだって? 沙也ちゃんママ」
「ええ、私もそう聞きました。沙也さんはなんて言ってました?」
「来たとは言ったけれど、落ちたのは自分が滑ったからだって言い張ってる。子供ってそうなのよね、どんなに酷い親でも絶対に庇おうとするの。捨てるのはいつも親の方よ。私の場合もそうだったもの」
私は俯くしかなかった。
「沙也さんも庇ってる?」
「うん、多分そう。分かっちゃうんだよね、経験者としては。だから彼女の決定に従うつもりよ。勿論再発防止は絶対だけど、仕事をしていると守り切れないし悩んでる」
「方法はいろいろあると思います。私もできるだけのことはしますし。仕事を辞めるのはいつでもできるんじゃないですか? あ……生意気な口をきいてすみません。うちの祖母がいつもそう言うもので」
「ううん、有難いわ。そうかぁ、そうよね。おばあ様は現役でいらっしゃるんですものね。尊敬するわ」
いや、ばあさんが現役なのは諸事情があるからなのだが……
「静香さんってどんな仕事してるんですか?」
「普通の商事会社よ。何かがやりたくてそこに入ったわけではないの。とにかく働かないと暮らせなかったから、給料だけで選んじゃった。でも意外と面白くて続いてるって感じ」
「事務じゃないですよね……営業ですか?」
「元々は事務系よ。でも今は研修センターっていうところにいるの。スケジュール管理とか新規顧客へのプレゼントとかが主な仕事ね。マネージャーって呼ばれてるわ」
「面白うそうですね」
「うん、面白いのは間違いない。でも……家庭が無ければもっとやれると思ってしまうことが多くて、そのたびに自己嫌悪に陥るわ」
「後悔してるんですか?」
「結婚したこと? う~ん、どうかな。しなければしない人生だっただろうし、したらしたなりの人生だからねぇ。どっちにしても文句は言うし愚痴は溢すでしょ? だから同じことよ。同じことなら家族が増えた今の方が、あの頃より責任感は増したかな」
「家族かぁ……家族って何でしょうね」
「哲学的な質問ね。私にとっての家族はっていう答えでいい?」
「是非お願いします」
「私にとっての家族は、欲しいなら努力して維持するものかな。要らないって思ったら、それはそれで生きていけるのよ。だから家族なんだからって思わないとすぐに壊れちゃう。そう言う意味では一番近いからこそ一番気を遣う存在ね」
「家族に気を遣うんですか?」
「うん、だってそうでしょ? 一番長い時間を共に過ごすのだもの、気持ちいい方が良いわ」
「確かに」
仰る通りだとは思うが、果たして自分はどうなのだろう。
気を遣うのと遠慮するのは違うはずだし、媚び諂うのはもっと違う。
当たり障りなく接するというのも納得できる回答ではない。
家族って何だろう……
もしかしたら教科書では学べない、もっと大事な事があるのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます