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自室のベッドで横たわる葛城の顔は、昨日より腫れているように見えた。
「葛城……大丈夫?」
「洋子ちゃん、いろいろありがとう」
「ははは、言葉が普通に戻ってる」
「うん、昨日はアメリカンドッグのようなのが鼻に突っ込まれてたからね。今は脱脂綿だから随分楽になったよ。口を開けて呼吸するでしょ? 喉がイガイガで飴ばかり舐めてるの」
「痛みは?」
「お薬飲まないと痛いよ。今は痛み止めが効いてるから平気だけど、痛くないだけで鼻の奥がズキズキ動いてるような感じ?」
「そりゃ大変だ……なあ、葛城。お母さんのことどうするの?」
「ああ……深雪ちゃんに聞いたのね? そうなのよ、どうしよう。せっかく洋子ちゃんがお兄ちゃんまで駆り出して守ってくれた宝物が奪われちゃった。ごめんね」
「謝る必要はないよ。それにしても……警察に探して貰う?」
「あの段ボール箱? う~ん……実はこれで良かったのかもって思ってるんだぁ。捨てることもできなかっただろうし。お母さんが『もう新しい人生に進みなさい』って無理やり背中を押してくれたんだって考えることもできるでしょ?」
まあ、実際のところ物理的に背中を押されたわけだが……
「良いの? 私はきちんとすべきだと思うけど、決めるのは葛城だから」
「うん……もう少し考えてみるね。それより間に合うかなぁ、始業式」
「医者の判断だけど、強烈なデビューにはなりそうだね。また同じクラスになるかな」
「なるといいね。まあならなくても今まで通りだけど、最初から休むのは避けたいなぁ」
「そうだよね。初手は肝心だもの。勉強は? 進んでる?」
「昨日と今日はやってないの。なんだかやる気になれなくて」
「そりゃそうだ。ちょっと休んだ方がいいよ。ねえ、聞きにくい事を聞くんだけど、お母さんって何しに来たの?」
「自分が置いて行った荷物をとりに来たみたい。そしたら、荷物は無いし改装までしてたでしょ? すごく怒りだしてね。お父さん達の部屋に入ろうとしたから止めたのよ。もみ合いみたいになっちゃって」
「それで腹いせにあの段ボールを?」
「蓋を開けてたから中が見えたんだと思う。お前が持っていても仕方がないって言いだして、私のことを裏切者って罵ってた」
「酷いな……どっちが裏切り者だっていうんだ」
「なんだか身なりも前とは違ってたし、きっとお金に困ってるんだと思う」
「そうか。そりゃそうかもなぁ。お姉ちゃんはどうしてるんだろうね」
「ファンサイトで見ると、今は次のステップに向けて特訓中らしいよ。ライブ活動はしてないみたい」
「あの世界もいろいろあるんだろうね。私としてはお母さんがまた来るんじゃないかっていうのが心配だよ」
「来るかな……うん、来るかもね」
「やっぱり警察に相談した方が良いと思うよ? 訴えるとかそういうんじゃなくて、巡回してもらうとか、一種のストーカー対策的な相談ってことで」
「うん……考えてみる」
葛城は辛そうな声を出した。
そりゃそうだろう、私だって我が親に対してそれをやるかと言われたら、やらない選択をするだろう。
口では簡単に言えるけど、やる側は大変な決断だ。
「今日ね、プリン作ってきたの。静香さんに渡してあるから一緒に食べない?」
「わぁ! うれしい! 下に降りようか」
「動いて大丈夫? 私が持ってこようか?」
「大丈夫だよ。咳とかクシャミは痛いけれど、ゆっくり動けば平気だから」
そうだった。
鼻の傷が目立ちすぎて忘れがちだが、肋骨にひびが入っていたんだった。
葛城に肩を貸してリビングに行く。
静香さんは電話中で、何やら難しい顔をしていた。
深雪ちゃんは所在無げにソファーに座って、無音状態のテレビ画面を眺めている。
「あっ! 沙也ちゃん」
深雪ちゃんが駆け寄って葛城に抱きつこうとするのを、体を張って止める。
「深雪ちゃん、今は抱きついちゃダメでしょ?」
「あっそうかぁ。ごめんなさい。ねえねえ洋子ちゃん、プリンの時間はまだ?」
「お母さんの電話が終わったらね?」
三人で静香さんの方を見ると、ぺこぺこと何度も頭を下げている。
仕事で何かあったのだろうか。
大人って本当に大変だ。
「先に準備しちゃおうか」
私の言葉に頷いた深雪ちゃんに手を引かれ、台所に向かう。
「葛城は座っておいて」
初めて入った葛城家の台所は、静香さんの性格なのだろう、きれいに整頓されていた。
我が家の台所を思い浮かべ、誰にともなくスミマセンと謝る。
電話を終えた静香さんが入ってきてスプーンを準備してくれた。
「いただきます。洋子ちゃんありがとう」
急いで蒸したのでちょっとすが入った部分もあったがご愛敬の範囲ということで……
「今度からプリンは洋子ちゃんの作ったものにする!」
深雪ちゃんからまさかの御用達指定をうけてしまった。
ありがたや。
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