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「どういう意味?」
私の顔を見てばあさんが肩を竦めた。
「だってそうだろ? 何かを守ろうとするとそれ以外に手が回らないん。可哀そうなくらい器が小さいじゃないか。きっと子供の時からの愛情が足りてないんだろう。だから目の前の愛に必死でしがみつくのさ。自分が注いだ量と同じ量を返してもらえると思っているのかもしれないね。与えただけ戻ってこないと怒ってぶっ壊すんだ。ガキのやるこったね」
私に愛情の何たるかを語れるかと言われると黙るしかないが、なぜかものすごく胸にストンと落ちた。
「渡しただけ返してもらうって、100%の見返りを求めるってこと? 愛情に?」
「ああ、恋愛経験皆無の洋子でもわかるだろ? そんなものじゃないってことぐらい」
ぐうの音も出ないが頷くしかない。
父がボソッと言う。
「そう言うことなら、最初は捧げまくったんだろうなぁ。別れた奥さんと長女には」
「ああ、相手も同じ価値観なら良かったんだろうが、相手がそれに慣れちまったんだろうね」
慌てて聞く。
「慣れるって?」
「許容されることにさ。父親の方は相手の要望を受け入れることが愛情だと勘違いしてたのだろうし、母親の方は我儘を聞いてもらえることが愛されていると勘違いしたんだよ。バカだよねぇ。洋子はちゃんとした男を私が選んでやるから心配しなくて良いからね」
いや、それは……
「私よりお兄ちゃんに選んだら? 孫婿より孫嫁の方が影響がデカいでしょ?」
父と母がぎょっとした顔で私を見た。
知るか!
「優紀さんは大丈夫だよ。あの子は見た目も良いし、見る目もある。洋子は見た目はそこそこだが、見る目がねぇ……まあ思いやりだけはあるからクズを捨てられなくなりそうで心配だ」
ばあさん……オブラードという言葉を知っているかい?
父がフォローしようと口を開いた。
「俺は感心したぞ? 洋子は友達思いだし、小さい子にも優しかった。うん」
最後の『うん』って自己肯定ってやつか?
まあ褒められたような気がするから良いが。
「そりゃ認めるよ。それにしてもどうするかねぇ、父親には誤解で殴られ、母親からは階段から突き落とされて宝物を奪われたんだろ? 酷い話だ。いっそうちの養子にするか?」
おいおい、飛躍しすぎだろ。
母がゆっくりと首を回して、化け物を見るようにばあさんを見た。
うん、その気持ちすごくわかるよ。
母に無言のエールを送りつつ私が口を開いた。
「冗談はさておき、警察には話すべきじゃないかと思うんだ。父親のことは家族で決めればいいけれど、母親の方は許せないよ。絶対にまた来るよ?」
「来るかしら」
母が頬に手を当てて言った。
「どうして? 今回もきっと戻ってこようとして来たんでしょ? そしたらもう再婚してて悔しまぎれの犯行でしょ? また来るんじゃない?」
「復讐に? 復讐するなら元旦那にでしょう? 娘にやる? 信じられない」
ド正論だと思いますが、すでに犯行後ですからね?
「どうして葛城にあんなことしたんだろ」
ばあさんが口を尖らせながら言った。
「やる気じゃなかったのさ。ついカッとしたんだろうよ。今頃怯えてるんじゃないか?」
「確かに……いったいどこにいるんだろうね。段ボールごと盗んで行ったって深雪ちゃんが言ってたから、車で来てたんじゃない?」
「それはどうかね? 悔しまぎれに持ちだしたは良いが、運べなくなって近くに捨ててるかもしれないよ?」
「そんな! 余計にひどいよ」
「いや、これは私の考えだけだから。車で来てたのかもしれないし、それが必要でとりに来たのかもしれない」
ものすごく心配して頭を寄せ合って考えてはいるが、所詮は部外者だという結論に至り、事実だけを伝えることにして、その日はお開きとなった。
風呂に向かおうとした私を呼び止めて、ばあさんが言った。
「今の嫁はなかなかしっかり者のようだったね。一度家族をうちに呼ぶか? 夫婦並べて私が言って聞かせてやろうじゃないか」
不安しかないが、かなり有効かもしれない。
「私としてはとにかく葛城を救い出したいんだよね。あそこに居たら殺されそうで怖い」
「さあ、本人がなんと言いうかね? もしそう望むなら方法はいくらでもあるが」
ばあさんは私にウィンクをして自室に引き上げた。
ばあさんのウィンク……初めて見た。
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