第3話

美沙子は現実世界で目覚めた。だが、その意識の半分は、まだ仮想世界の翔太と繋がっている。

「これが、私たちの新しい在り方なのかもしれない」

そう呟きながら、美沙子は研究所を後にした。一人二役の生活が始まった。現実世界では美沙子として振る舞い、仮想世界では翔太としても生きる。二つの世界を行き来する中で、美沙子は徐々に自分自身について考えるようになっていった。

「私は美沙子なの?それとも翔太?どちらも私であり、どちらでもない……」

アイデンティティの危機に直面しながらも、美沙子は現実世界での生活を続ける。しかし、やがて大きな問題が立ちはだかった。


意識の融合の影響は、現実世界にも思わぬ形で表れ始めたのだ。街中で翔太として振る舞ってしまったり、美沙子の意識が現実世界で作用したりと、混乱が広がっていく。

「このままでは、社会が機能しなくなってしまう……」

困惑する美沙子の前に、岩瀬博士が現れた。

「美沙子君、これ以上実験を続けるのは危険だ。君たちの意識を分離しなければ」

博士の言葉に、美沙子は激しく動揺する。翔太との融合を解くことは、彼との永遠の別れを意味するのだから。

「いいえ、私たちはもう一つなんです。分かち合った思いを、無かったことにはできません」

涙ながらに訴える美沙子に、博士は苦悩の表情を浮かべる。

「君の気持ちはよくわかる。だが、このままでは取り返しのつかないことになる。君たちの意識を無理に引き離せば、最悪の場合、二人とも消滅してしまうかもしれない」


美沙子の脳裏で、翔太との思い出がよみがえる。出会いの日、初めてのキス、支え合った日々。そして、この実験を決意したあの時。

「私は、翔太との愛を信じていました。でも、それは本当の愛だったのでしょうか……」

美沙子は自問する。翔太との融合は、真の絆だったのか。それとも、ただの実験の産物に過ぎないのか。

「翔太、私は……」

仮想世界で翔太と向き合う美沙子。二人の意識が交錯する中で、美沙子は決断を下した。

「私たちは、それぞれの人生を生きるべきなのかもしれない。こんな形で一つになるのは、本当の愛じゃない」

美沙子の言葉に、翔太は悲しそうに微笑む。

「君の言う通りだ。僕たちは、自分自身であるために生まれてきたんだ。だから、君は君の人生を歩んでほしい」


美沙子と翔太は、静かに手を取り合った。そして、意識の分離が始まる。徐々に薄れゆく翔太の存在。美沙子は必死に彼を見つめる。

「翔太、あなたを愛しています。今も、これからも、ずっと……」

翔太の姿が消える直前、美沙子はそう告げた。そして、全てが白く染まった。


目覚めた美沙子の前に、岩瀬博士の安堵の表情があった。

「君は無事だったんだね。翔太君の意識データは、分離の過程で失われてしまったが……」

美沙子は静かに首を振る。

「いいえ、翔太は私の中で生き続けています。私たちは、心でつながっているんです」

美沙子は胸に手を当てた。愛する人との絆を、強く感じながら。


エピローグ


あれから数年が経った。美沙子は意識のデジタル化技術の第一人者となり、新たな研究に没頭する日々を送っていた。

「意識のデジタル化は、病気や怪我で苦しむ人々を救う可能性を秘めている。でも同時に、人間の尊厳を脅かす危険性もある。私はその両面を見つめながら、研究を続けていきたい」

記者会見で、美沙子は力強く語った。その胸元で、小さな翔太の写真が光っている。

「翔太、あなたとの経験は、私に生きる意味を教えてくれた。人間らしく生きること。心と心のつながりを大切にすること。その思いを胸に、私は前へ進んでいくわ」

美沙子の瞳に、希望の光が輝いていた。


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量子もつれの恋人(ラヴァーズ・エンタングルメント) 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI

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