第37話 定められた運命


「……な、なんだあれは」


「村長、山の方でなんかやってるみたいだ」


リンがダークネスドラグーンとの戦闘を始めたころ、村の人間がそれに気が付く。酒場で微睡んでいた酔っ払いは目を覚まし、眠りについていた子供たちが飛び起きてしまうほどの轟音と地鳴り。

不安を感じた彼らは外へ出て空を見上げると向こうの山の方で幾度となく赤い光が瞬いているのがみえた。


「村長、あれは……」


「ああ、魔力を感じる。何者かがあの山で戦っている」


村長はその昔名のある冒険者だった。多くのダンジョンを攻略し、功績を残してきた名と実力のある彼は、それ故にあの場所で戦っている者の脅威を感じ取れた。


(魔力の質から言えば龍クラスの力を持った奴が暴れている。いったい何が起こっているのだ……)


「村長さん……!」


村人の非難指示をと考えていた時、一人の女性が血相を変え駆け寄ってきた。彼女は荒い呼吸を整えることもせず、必死な様子でこういった。


「娘が……リンがいないんです……!!」


「!!」


リンの再びの失踪。ダンジョンに籠り二日間も行方をくらましていた特別任務隊の4人。何をしていたのかと問い詰めたが、リンたちは頑なに口を開こうとしなかった。


(……もしや、あの子らは)


ダンジョンから戻ってきた彼女らの瞳はどこか覚悟と決意めいた何かが宿っていた。体に纏う魔力は強く、いくつもの戦いを越えてきたことが分かった。だからすぐに何かを抱えているのではないかと村長は思った。


(休ませ翌日にでも話を聞こうかと思うたが……遅かったか)


直感する。あの山で戦っているのはおそらく彼女らなのだと。


「村長、もしかしたらリンたちは……だとしたらまずいですよ、殺される」


側にいたナナトが険しい顔でそういった。彼も村の実力者で、それ故にあの山にいるのが高位の魔族だという事が分かった。あの場にいるのが無数の化け物であること。


「……皆を非難させよう。あそこで戦っているのは魔力の強大さからいって上位魔族たち……もし奴らの目的がこの村であったならまずい」


「村長!!リンたちはどうするんですか!?」


「わしが行こう。もしあそこで戦っているのなら、わしが連れ戻す……だからお前は」


「私も行きます」


「死ぬかもしれんぞ」


「それでも行きます。お一人ではできることも限られるんじゃないですか」


ナナトは村長の手が震えていることに気が付いていた。村長はいま村にいる戦える者の中で最も強い実力者であった。その村長が震え畏れる程の的な魔族。いくら村長でも誰かの助けが無ければリンの救出は無理だと考えた。


しかし逆を言えば命を落とす危険性が高いという事であった。


「私も同行させてくれ。うちの息子も……ラッシュもいなくなっている。おそらく」


そういって視線を山へ向ける。冷や汗の張り付く彼の顔に村長とナナトは連れてはいけないと思った。


「申し訳ないが、あなたを連れてはいけない。あの場は、おそらくこの村の上級兵のナナトでもかなり危険な戦場だ……二人で言った方が動きやすいのだ。すまない」


握りしめた拳が震える。感情では例えどれだけ危険性のある場所でも、息子がいるならついていきたいと思っていた。しかし聡明なラッシュの父は自分が行くことで足手まといになることも理解していた。


「……よろしく、お願いします……」


「はい。あなたも皆さんと共に避難してください。指示は副長に任せてありますので」


「……はい」


村長はナナトと目くばせをし、装備を整えるため自宅へ向かった。





――ギィイイインン!!!!


ダークネスドラグーンの振り下ろされた凶爪をダガーで受け流す。幾度とないパリィで手が痺れてくる。しかし寸分でも手元が狂えばあっという間に微塵にされてしまうだろう。


『キュア』


状態異常回復スキルでこまめに麻痺を抜き、疲労を回復魔法で癒す。魔導士であるこの体ではそうでもしなければここまで断続的に戦えはしないだろう。しかしそれはダークネスドラグーンも理解している。その隙を狙うべくタイミングを見計らい攻撃をしてきている。


これは手の読みあい。一手間違えればその瞬間終わる。


(……だが)


ここまでは奴の攻撃にもついていけているし、ヒールやMP回復もしっかり間に合っている。あとは後半戦、ほとんど初見に近い攻撃パターンをいかにかいくぐり、奴のHPが0になるまで削り続けられるかどうか。集中力が持てばいいが。


感覚的には残り3割は削れてるはず。そろそろ後半戦の動きをしてくる。


(まずは全体攻撃、次に俺に強攻撃、バフかけがあって火球……)


皆の方へ眼をやると、もう既にそこにはいなかった。あらかじめ広範囲での戦闘になるため、巻き込まれないよう離れて行ってくれと伝えてあり、ちゃんと退避してくれたようだ。


ダークネスドラグーンは翼を大きく広げ、突風を生む。この強烈な風がいやらしく初見殺しの一つとなっている。俺は奴が翼を広げた瞬間、側にあった巨大な樹木の陰へと非難する。


(あの突風は当たれば地面へと押さえつけられ行動不能に陥る。そうなれば次の全体攻撃、『闇の解放』を躱すことが不可能になる……一度喰らって学んだ)


――ズズズズンンンンン――!!!!


闇の魔力の発露、高威力の衝撃派を放つとともに、ダークネスドラグーンのステータスが二倍になった。全身から禍々しいオーラを立ち昇らせ、俺を指さす。


『くくく、この姿を人間の前に晒すこととなるなど……何年振りか!!滾るな、リンよ!!!』


「俺はついこの間見たばかりだけどな!!」


ダガーを持ち替え杖を背負う。そして迂回するように奴へと接近。この角度で接敵すれば強攻撃を躱せて安全にたどり着ける。


――しかし、その時。


「リン!!」


声がした。


ダークネスドラグーンを挟んだ向かい側。


そこにはナナト、村長、ウルカの叔父の姿があった。


奴は一瞬で理解したようで、にたりと笑った。


そして俺も理解していた。


次の強攻撃は、あの誰かに向かうと。


「――まて!!」


全速力で駆け寄る。奴の強攻撃、巨大な尻尾による一撃が振りぬかれ俺は吹き飛ばされた。


「リン!!!?」


「リイイインンンン――!!!!」


――岩に当たり木屑を巻き込み、強烈な一撃をまともに受けたリンは森の奥へと消えた。




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