第34話 行こうか
もう何度見たかわからない光景。暗い大穴から無数の魔族が現れ、溜まり場となっている。現れた魔族はまだ半数にも満たないが、それでもここにいる奴らだけでも村を襲撃することは容易だろう。
(一体でも逃せば……村は壊滅する)
じわりと手に汗が滲む。耳にこびりついた断末魔が、焼かれ血にまみれた亡骸が蘇り心拍数が上がっていく。しかしその時、肩を誰かがぽんと叩いた。振り返り見れば、それはラッシュだった。
俺の気持ちを静めるように、笑って見せる。彼は小さくうなずき前を見据えた。コクエ、ウルカは敵陣の左右に待機中で、此処にはいない。けれど皆同じ気持ちなのが分かる。
ここに集結する魔族はダンジョンで戦ってきた奴らとは違う。魔王軍で戦闘訓練を受けてきた奴らだ。普通じゃない迸る魔力、圧力。肌で感じる恐怖は俺以上のものだろう。それなのにラッシュはこうして前を向き戦おうとしている。
(ビビってる場合じゃない)
ルベウスダガーを握りしめた。俺はあらかじめ召喚し、肩に乗せていた『漆烏』へと命令を下す。この烏を模した影は攻撃力は持たないが、スキルや魔法を内包できる。(顕現時間は5分。リキャストは10分)
――行け。
魔族の集結していたど真ん中。すうっと上から滑空したどり着いたそこで、一体の魔族へ漆烏が当たった。その瞬間。
ドゴオオオオオオンンン――!!!!
烏を中心とした一帯が爆発し吹き飛んだ。内包させていた魔法は『魔弾』。不意を突いた一撃かに思われたが、流石は訓練された優秀な魔族。突然接近してきた魔力の塊である烏を警戒し、一瞬にして回避に移るもの、防御態勢をとったものが多かった。
(――今のでやれたのはせいぜい5体くらいか)
しかし奇襲は続く。7つの紅い光弾が魔族たちを貫きいくつもの炎の塊へと変えていく。あれはコクエの武器、【古杖】紅焔のグラムハイドの能力だ。
固有スキル『紅蓮砲焔』。MPを2000消費し追尾する7発の紅焔弾を無詠唱で放つ。高威力。リキャストは30分。MP全消費でリキャスト時間を0に出来る。
「燃えろ燃えろおおおおお!!!はーっはっはー!!どんなもんよ!!」
テンション爆上がりなコクエがこちらへと走ってきて合流、ついでウルカの魔法『レインズアロー』で無数の光の矢が魔族たちに降り注ぐ。弓を扱うジョブ専用の攻撃用魔法で、MP消費は大きいが敵全体を攻撃できる貴重な範囲攻撃。
「ごめん、タイミング遅かった!」
「ううん、大丈夫!!」
「ああ、上出来だぜ!!」
皆がラッシュのもとへ集合した。こちらを発見した魔族たちがぞろぞろと寄ってくる。ラッシュは敵視を集める『挑発』のスキルを発動。剣や斧、ハンマー等の攻撃がラッシュを襲う。直撃すればどれも致命傷になりかねない強力な攻撃。が、しかし彼は臆することなく零銘の魔法剣による盾を展開し受けた。
固有スキル『守護剣』魔力による盾を展開。衝撃を80%カットできる。防御力(魔):3400 盾を顕現していると60秒毎にMP消費100。
「――あとは任せろ!!」
「!」
そこにはあの頃のような臆病な彼はもう居なかった。
「皆、任せたよ」
俺は走り出す。目的はこの隊の親玉である、魔王軍幹部ヴァルデアーダ軍の四天王【ガルドラ】
ラッシュ達が注意を引いてくれているおかげで転移ゲート周辺にもう魔族の姿はない。『月影』で他の魔族にも見つからずゲートに来られた。そして、奴が現れる。
「……誰だ貴様は」
「俺は……そうだな。強いて言うなら、お前の死神だよ」
「ほう。つまりは敵か」
こいつの登場はもう少し後だと思ったが、おそらくラッシュ達の敵の殲滅速度が速いんだ。ガルドラが出てくるのは前半戦の魔族を4~5割倒しきった時。
(いいぞ、皆……!!)
俺は杖を構える。ここでガルドラとタイマンを張るのは今までに無かった。初のパターンだ。魔族の追加はゲートのリキャストが終了しないとできない。そのリキャストはおおよそ10分。
――『ダブルバースト』
ガルドラは黒い影のような手を伸ばし首を刈ろうとする。俺はそれを躱し接敵。
「!?」
驚愕するガルドラ顔面へ『マジックバースト』を放った。顔を抑え膝をつくガルドラ。
「……今のは……お前、俺の動きが……?」
顔を上げたガルドラ。そこに俺の姿はない。背後へと移動し、死角から杖での殴打。しかしそれは躱され、ガルドラは跳び退く。――まあ、計算通りなんだけど。
『魔弾』
ドゴオオオンンン!!
「ぐっ、ぬぅ――!!?」
――腹部へと着弾し、奴は後方の樹木へと叩きつけられた。
俺の杖による攻撃を避け跳んだガルドラだったがそれは俺の罠だった。回避した直後、宙にいる状態では次の攻撃は避けられない。できたとしても防御……なのだが俺は詠唱速度を重点的に強化してある。結果、奴の防御は間に合わず『魔弾』は直撃。
(……毎回、コンテニューのたびにステータスポイントの振り分けができる状態でよかった)
詠唱速度の強化。それはもともと皆へのヒールカバーのために使用したポイントだった。いつもならそのほとんどを魔力に振り火力を強化していたが、コクエとウルカの火力の高さが頼りになると判断しこちらへ振ることにした。結果的にこうしてガルドラのスピードを上回る詠唱スピードになり攻撃面でも優勢に立てているので振って正解だったな。
(いつもならまともに攻撃を当てるのにも7,8手必要だったからな)
「くくく、なかなか良い腕だな、魔法使い。死神、名を言え。覚えておいてやろう」
「まあ、自分を殺した奴の名前くらいは知っておきたいか……俺はリン」
「リン、か。良い名だな」
ガルドラの背に突起がいくつも出現する。ダークネスドラグーンの体内に保管している奴の武器。影を司るドラゴンである奴は、あらゆるものをその影に収納することができる。……冷静に考えてみるとめちゃくちゃ便利な能力だ。欲しい。
ずるりと突出した一つを抜き出す。それは俺の身長の3倍はあろうかという長刀。
妖刀『命咬狐』か。あの武器は攻撃時にHPを吸収する特殊効果がある。
「さあ、死合おうか……存分にな」
ガルドラの全身から禍々しい魔力が立ち昇る。
(ここまではいつも通りの展開……パーティーを組んで挑むと何かしら流れが変わるかもしれないと思っていたけど、それも大丈夫そうだ。なら、ギアを上げていくか)
――『漆烏』を召喚。
「行こうか、クロウ」
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