健全な文章の読み方について 〜「舞姫」をめぐる論争〜

 ここまで何個かの駄文を書いてきて、それが読者の諸君らに一体どのような受け取られ方をしているだろうということを考えるようになった。

 それはもちろん物書きとしての一種の本能のような側面もあると理解しているが、同時にSNSを騒がせる各種の文学的または政治的、あるいは宗教的もしくは哲学的な論争が私をこのような思索に駆り立てたともいえるだろう。

 無論私は文学者でも、ましては政治家でも宗教家でも哲学者でもないが、だからこそ語れることもあるだろうと今回こういったことを取り上げることとした。

 SNS上では、いやそれ以外にも新聞はじめあらゆるメディアでは多くの人々が非常に様々な主張をしている。それを本気で言っているのか私には確かめようがないが、中には相反する主張をしている者同士が言い合いになったりしている。

 それ自体は大変結構なことであり、ここでとやかくいうつもりはない。私が話題にしたいのは、何もかもを現代の価値観に当てはめて語る人々のことである。

 例えば、戦争について。これを現代の価値観に当てはめ、一言で表すならば『良くないこと』であり、『許されざる行為』であろう。しかし当時の社会背景や互いの主義・主張を理解すれば、一概にそうは言えないのではないだろうか。

 ただ戦争というとあまりに大きく、そして大変難しい話題で要領を得ないと感じる方もいるように思うので、ここではある一つの文学作品を取り上げたいと思う。

 それが「舞姫」である。

「舞姫」のあらすじは以下のようである。

 主人公の太田豊太郎は、政府の派遣でドイツへ留学した若い官僚。ドイツで厳しい勉学と孤独な生活を送る中、美しい踊り子エリスと出会い、恋に落ちる。二人は深い関係を築き、豊太郎はエリスとの生活に満足していた。

 しかし、帰国命令が下されると状況は一変。エリスとの別れが迫る中、豊太郎は日本への帰国を決意する。エリスはそのことで心を病み、最終的には精神的に壊れてしまう。豊太郎はエリスを置き去りにして日本に戻り、彼の心には後悔と苦悩が残る。

 森鴎外によって書かれたこの小説は教科書にも掲載され、度々議論を巻き起こす。

 ある人は豊太郎を最低の男だと主張する。それは豊太郎がエリスを結婚もしないまま妊娠させた挙句、日本に帰国したというところからくるものである。

 そして一方では、当時は個人よりも国家が優先された時代であり、エリスよりも国の命令を聞かなければなかったのは仕方のないことだという主張がある。

 それぞれの主張についてもう少しディティールの違いはあろうが、一方はエリスの側に立ち現代の価値観で批評し、もう一方は豊太郎の側に立ち当時の価値観で批評しているというのは間違いないだろう。

 私はどちらの主張が正しいとか、優れているとかいうつもりは毛頭ない。

 ここで私が言いたいのは、後者の主張の方がではないかということである。

 通常、文章というものは何らかの背景のもとに作られる。つまりそれがどんなに抽象的で見えにくくとも、描いた対象があるのだ。

 となれば私たちが文章を読む上でやらなければならないことは、字面をそのまま受け取って自分の持つ価値観で批評することではなく、作者の描きたかった背景に目を凝らし、作者の真意を探ることではないだろうか。

 読書の仕方は自由である。しかし、自由というのは勝手なものではなく闊達なものでなくてはならない。

 ならば当時の価値観や社会のもとで書かれた文章を、現代において不適切だと批判することは果たして自由となりうるだろうか。

 私にはどうしてもそれは不健全に思えてならない。

 健全な文章の読み方というのは、その書き手と目線を合わせることではないのか。

 それがたとえ不可能であってもそれを試みることに意味があるのではないか。

 そういうことができない人々に果たしてな話し合いができるのだろうか。

 互いの主義・主張で殴り合うことは果たして健全か。

 もう一度言うが、私はこの世の様々な言説について、その正しさを評価しようという気はさらさらない。

 私はただ、様々な場で繰り広げられる論争に少し辟易としただけである。


 

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