≪秋≫芸術の秋、どこかで二人で落書きを

「ねぇねぇ」

「どーうした、ひらり?」

 トトトトっと音をさせながら、僕のそばに幼女が駆け寄ってくる。

「ぱぱは何してるの?」

「お絵描き」

 僕は描きかけの紙を女の子に見せてあげる。

「ぱぱって絵描けたのすごいねー」

「そうだよ、でもあんまりうまくはないんだ」

 彼女は「そうなの?」と不思議そうに体ごと首を傾げる。

「そんな格好したら倒れるぞ」

 僕はそんな彼女にため息を吐いた。

「ねぇねぇ、ぱぱ。この人だぁれ?」

 彼女は紙に描きかけだった女の人を指して僕に尋ねる。

 僕は「誰だと思う?」と彼女に問いかけた。

「うーん、未来のひらり!!」

 僕はその彼女の言葉に苦笑しながら「そうだね」とだけ答えた。

「わーい、将来のひらりなんだ。私こんな風になれるかな」

 彼女は僕に抱き着きながらそう言ってくる。


「何やってるの?」

 そこに声がかかる。

「ママ見て、未来のひらり」

「これが未来のひらりなの? 素敵ね」

 彼女は僕の肩越しに絵を覗き込みながら少し嬉しそうに微笑んだ。

「綺麗でしょ、私の未来」

「そうね、でもぱぱの邪魔はしちゃだめよ。ひらり。あっちに行きましょう」

 そう言うとひらりはタタタタッと音をさせて僕から離れて行った。

 「キミト君、出来上がったら見せてね」とだけ残して彼女もまた行ってしまった。

 僕は頭を掻きながら「誰にも見せる気なかったんだけどなぁ」と独り言を呟いて。先ほど見せてと言った彼女が、少しだけ描かれた絵に向き合った。

 こんな日があったなと、思い出に浸っていた時ふいに描きたくなっただけなのに。

 今はもう少し薄れてしまった、思い出を少しでも思い出せるように。

 僕は自分の記憶を辿り、かつてあった現実を紙に写し取る。

 少し遠くではひらりが走り回る音と、彼女がそんなひらりを追いかける声が聞こえる。

 僕は苦笑しながら、親子は変わらないんだなと思った。

 僕は絵に戻る。

 ひとつひとつ線を追いかけながら、今よりも少し・・・・・・、いやそれなりに前の彼女を思い浮かべる。

 それからしばらくしてほとんど描きあがったとき。

 トトトッとまた足音が聞こえてきた。

「ぱぱ未来のひらり、もう出来た?」

「もうすぐだよ」

 彼女は僕の後ろから首に抱き着いてきた。

 それから肩越しに完成間近の絵を覗き込む。

「すごいね、ぱぱ。ねぇー、ママきてよーぱぱの絵すごいよー」

 彼女の目に映るのは在りし日の彼女の姿だった。

 彼女は遠くから「はーい、待っててねー」と僕らへ声を掛ける。

 ひらりは「ママ早くー」と急かす。

 今度はダダダッと音をさせながら、彼女が来る。

「出来たの?見せて見せて」

 僕に抱き着くひらりの上から見下ろして僕の絵を覗き込む。

「わぁ、すごいねー」

「ねー」

 ひらりが彼女の反応に同調する。

「ぱぱすごーい」

 ひらりが繰り返すと。

「そうだねー」

 と今度は彼女がひらりに同調する。

「あなた、そこにいると風を引くよ。流石にそろそろ涼しくなってきてるんだから」

 僕は縁側から吹き込んでくる風を感じると。

「そ、そうだな。夢中で気づかなかったけど。流石に冷えるな」

「私は平気、風の子だもーん。あはははは」

 ひらりは笑った。

 僕らも二人で「そうだね、風の子だもんね」と言って笑った。

「そろそろ、夕ご飯にするからおいで」

 と彼女がいうとひらりもあわせておいでーと続ける。

 僕は「はーい」と返事をして立ち上がった。

 僕は縁側から昔の僕たちを思い出していた。

 

「ねぇねぇ、キミト君。学校の課題で絵を描かないといけなくなったじゃん?学校終わりにどこか描きに行こうよ」

 今日の美術の授業で出た課題がスケッチだった。風景でも、人物でもなんでもいいとのこと。

「良いけど、何か描きたいものでもあるのか?」

「んー、キミト君」

「僕を描くの?じゃあ教室でよくない?」

「えー、嫌。私はお外で描きたいの」

 彼女はちょっと不機嫌になって言う。

「僕は別に良いけど、どこでやる? 少し遠い公園まで行くか?」

「おー、良いね。落ち葉に埋もれるキミト君描きたい」

「嫌だよ、虫とか服に入ってきそうじゃん」

「ちょっとぐらい平気だって。私がシャッと描いちゃうからさ」

 彼女は自信満々で僕に宣言する。

「じゃあ明後日、学校がお昼には終わるからその日にしようか」

「らじゃー、首を洗って待っておくといい」

「何キャラなのよ・・・・・・。そろそろ肌寒くなってきたし温かい格好は忘れないように!!」

「はーい」

 立派な返事だけはする花遊である。

 


 二日後──

「待ちに待った、スケッチの日!!」 

 ババンっと登場の効果音がしそうな風に声を上げた。

「あんまりはしゃぐなよ、恥ずかしいから」

「えー、いいじゃん。盛り上がっていこうぜ」

「ここはライブ会場じゃない」

 彼女は謎のテンションで公園へとずかずかと入っていく。

 その堂々たるや、まさに王様か貴族の様である。

 まぁ、そんな冗談はさておいて。

 僕はずいずいと進んでいく彼女の後を追った。

 今日は少し秋にしては温かい。

 着くと僕らはまず昼食をとることにした。

 手ごろな木陰を探して、荷物をそこへ置く。

 今日は彼女がお弁当を作って来てくれるということになっていたので、実は昨日から楽しみにしていて午前の授業中もそれを考えるとずっとそわそわしていた。

 荷物を置き終わると彼女が持ってきていた、いつもと違う手提げを「じゃじゃーん」と前に突き出した。

 その中から二つの弁当箱が出てくる。

 こっちがキミト君のね、と片方の弁当を手渡される。

 蓋を開けるとちょっと焦げた卵焼きをはじめ彩に気を使ったんだなと思われるおかずが並んでいる。

 彼女のお弁当を見ると、僕と全く同じ内容で彼女の卵焼きもやっぱり少し焦げていた。

 僕は最初に目に入った、卵焼きから箸をつけた。

 ほんのり甘くて、ちょっとだけ苦い。

「うまっ」

 僕は彼女に聞こえる様に呟いた。

 その時の彼女の顔をよく見ることは出来なかったけど、でも嬉しそうにしていたと思う。

 食べ終わると彼女から先にキミト君描くからと言われ、少し遠くの噴水の淵に座るように言われた。

 僕は移動しながら、日差しの強さを感じつつお弁当のこともあるので拒否できなかった。

「この辺で良いー?」

 彼女に届くように大きく言う。

「良いよー、そこでじっとしててねー」

 と彼女も僕に届くように大きく喋る。

 僕が座って動きを止めると彼女は早速鉛筆と紙を取り出して、鉛筆を僕を見ながら立てつつ片目を閉じる。

 僕はウインク姿の彼女にちょっとだけドギマギしながら、彼女が真剣に描こうとする姿を眺めていた。

 しばらくしてじっとするのにも疲れて、空や彼女の後ろにそびえる木、周りを走り待っている子供や親同士の会話に目を向けるたびに。

 「動かないで」と彼女に元のポーズに戻るよう注意をされるのだった。

 しばらく同じポーズをとっていると、彼女の体が左右に前後に揺れて始めた。

 そして気にもたれかかったまま動かなくなってしまった。

 僕は一度花遊に近づいて声を掛ける。

「花遊ー。おーい」

 ダメだ反応しない。

 完全に寝ている。

 僕はため息を吐くと鞄から紙と鉛筆を取り出した。

 またさっきまで座っていた場所に戻り、彼女の方を向いて僕も描き始めた。

 木陰でキャンバスを抱えて休む花遊はどこか不思議な雰囲気を纏っているような気がした。

 そのまま彼女を起こすことなく描き切る頃には少し日が落ち始めていた。

 僕は描き終わると彼女の隣に座り、絵の仕上げをしていた。

 するとやっと目が覚めたのか、寝ぼけ眼で僕の方を見て

「もー、キリト君だから動かないでって・・・・・・」

 彼女はそこまで言ってようやく、少し日が落ちていることに気がついた。

「おはよう、花遊」

 僕は笑顔で花遊に言った。

「なんで、キミト君起こしてくれなかったのー」

「何度も声を掛けたけど、起きなかったのは花遊だよ。あとよだれ拭きな」

 彼女は僕に指摘されて口元を拭うと、僕の絵を見た。

「キミト君ってこんなに絵が上手かったの!?」

「僕も自分で描いてびっくりしてる」

 あはははは、と二人で笑いあって。

「でも、これは恥ずかしいから没収ね」

「えー、せっかく描いたのに」

「だーめ、被写体がNOと言っているんだから駄目です。没収です」

 そう言って彼女は僕が描いた絵を仕舞い込んでしまった。

「さて、日も落ちてきたからそろそろ帰ろうか」

「むー、結局全然出来なかった。また来ようね」

 僕らは道具を片付けるとその場所を後にした。


 結局あの時の絵ってどうなったんだろ。

 まだ花遊が持ってるのかな? 仮に持っていたとしてももう失くしているだろうか。

 きっとこの描き終わらない絵も花遊に持っていかれるんだろう。

 それも良いか。

 僕はあと少しの絵を持ってリビングへと向かった。

「ぱぱ遅いよー」

「ごめんごめん」

「さぁ、食べましょう」

「「「いただきます」」」

 今日も何も変わらない日常の中、三人で彼女が作った夕飯を食べる。

「この肉じゃが作るの、私も手伝ったんだよ」

「すごいなー」

「でしょー、えへへ」

「将来は旦那さんにおいしいご飯が作れるわね」

「いまから嫁ぐ話はやめてくれー」

「あなたには私が居るよ」

「それもそうだけど」

 僕は照れくさくて頭を掻く。

「ぱぱ顔真っ赤ー」

「良い子は見ちゃいけません」

 そんなやり取りをこれから先何年も続くと思いながら。

 特別じゃない、普通の日々だと思って過ごした。

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