≪秋≫本と出会う
「なぁ、花遊。秋の七草って知ってるか?」
「秋の? 春じゃなくて?」
かゆうは言われたことにピンと来ていないのか、どうにか知っているモノと照らし合わせてみたらしい。秋もちゃんとあるんだよなぁ。
「春の七草は
「うん、七草粥おいしいよね」
「花遊ならそう言うと思った」
かゆうの言葉にくすりと笑えば、彼女はぶーたれるように返してきた。
「えー、だって年に一回しか食べられないんだよ。大事だよ」
「そうだね。それでね、秋にも七草ってあるんだよ」
「食べられるの?」
かゆうは食いしん坊だなぁ。まず食べられるかどうか気になるなんて。
「食べられないよ、観賞用。
「へぇー、萩と桔梗くらいしか分かんないよ」
「僕も全然わからない」
「なにそれー」
「なんかね、奈良時代の万葉集に由来するんだって」
万葉集!! とかゆうは食い気味に反応して、目をキラキラさせた。
「キミト君、万葉集読んだことあるの?」
「全然ない」
「あははは、だよね。そうだと思った」
「たまたま、何かのきっかけで調べて覚えてただけだからね」
「あー、わかる。そういうことってあるよね」
かゆうは僕の話に共感すると、そういえばね、と前置きしてから話だした。
「私はこないだ、ばっくくろーじゃーを覚えたよ」
「ばっくくろーじゃー?」
「テレビでやってたんだけどね、食パンとかについてるプラスチックのヤツあるじゃん。あれ」
「あっ、あれか!! あれってそういう名前だったんだ。知らなかった、なんかカッコいいな」
「だよねー、なんかカッコいい名前だったから憶えてた」
あれがあんなにカッコいい名前だったなんて。もしかして、他にもこういうのがあるのかな? 彼女が見たというテレビに興味がわいてきた。その気持ちがわかっているかのように、かゆうは続きを話してくれる。
「あとはね、ペペロンチーノの正式な名前があって。アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノって言うんだって」
「なにそれ、めっちゃおしゃれ」
「おっしゃれー」
「ところで、そろそろ読む本決まった?」
「さっき話題に出たから、万葉集なんてどうかな?」
「こんなところに置いてるわけないだろ」
僕らがいるのはブックカフェだ。図書館じゃあるまいし、万葉集なんてあるわけない。
こんな文学の「ぶ」の字もなさそうな会話をしている僕らが何故ここに居るかというと……。
『秋と言えば食べ物と読書だよキミト君。近くにブックカフェが出来たらしいから、文学人になりにいこうよ』と誘われたのである。
さて、そんないきさつで来たものの。
なんの本を読めばいいのか分からなかったのだ。だからこうして、二人で頭を悩ましているのである。
レトロモダン風で知的さが漂うこの空間には、似つかわしくない二人だろう。
そんな僕らにも、店員さんは優しい。
仕事だから当たり前と言えばそうなんだろうけど、何を読もうか迷っていると、「迷うようでしたら、ご相談も承ります」と言ってくれた。
せっかく珍しい場所にきたので、自力で選びたくて断ったけど。
店員さんはハイカラな大正モダンとも言える服装で、雰囲気作りに一役買っていた。
メニューも文学のタイトルっぽかったし。
どんなメニューか正直分からなかったので、とりあえず無難に紅茶とハーブティーを頼んで、本選びに勤しんでいるというわけだ。
本棚には、なんか高そうな装丁の、しかも分厚い本ばかりが並んでる。
試しに、一つ手に取ってパラパラと捲ってみた。
そこには絵がなく、文字だけがびっしり詰まっている。
パラパラとめくってしまう、別のを出すというのを何度か繰り返していると、一冊の本が目にとまった。
深い青色の装丁が綺麗な本だ。
ページをめくれば、よくわからない絵と、その解説文が目に入る。
文字ばかりだと疲れるけど、絵があれば楽しめるかもしれないと思って、これを読むことにした。
「キミト君なーにそれ」
「わかんない」
タイトルは英語? ラテン語? ぽいもので書かれてて、中身にも日本語はみあたらなかった。
「わかんない本選んできたのー。キミト君ってやっぱり変なの」
かゆうはくすくすと笑い、「ちょっと見せて?」と本に手を伸ばしてきた。
断る理由もなかったので本を渡すと、彼女はページをめくりながらぶつぶつ言う。
「全然読めないし、そもそも日本語じゃなーい。英語?知ってる単語全然ないんだけど」
その調子で最後までいくのかと思ったけど、ふとかゆうの手が止まった。
「この絵綺麗・・・・・・・」
「何か気になるページあった?」
「見て見てキミト君。すごくないこれ」
彼女に促されてページを見た瞬間、時が止まったかと思うくらい引き込まれてしまった。
「すごいね、こんな綺麗な絵初めて見る」
「私も!! ちょっとこの本欲しくなっちゃったかも」
そこに描かれていたのは、本の装丁と同じ深い青色の絵だった。
縁は色が塗られておらず、ページの中枠だけ色がついていた。
それゆえ、僕が最初に手に取ったときには、このページの存在に気づかなかった。
二人でひとしきり絵を堪能した後、残りのページをめくり始めた。
でも、似たような絵は見つけられなくて。
結局色がついていたのは、さっきのページだけだったみたいだ。
ちょっと残念。
かゆうは満足したのか、僕に本を渡してきた。
「もういいのか?」
「うん、ありがとう。ほかにこういう本がないかちょっと探してくる」
僕は彼女から渡された本をもう一度ペラペラと捲る。
ページに書かれた文字を読もうとしてみるも、やっぱり英語でもなさそうで、全く読むことが出来ない。
ページを捲っていると、ところどころに占星術の様な絵が差し込まれていた。
タロット占いの本なのかな? それにしては、自分が知ってる絵柄と少し違うような気がするけど。
パラパラと捲って、またあの青い色が塗られているページまでたどり着いたところで。
「キーミト君」
僕の名前を呼ぶ彼女の声が聞こえた。少しむっとしているのか、小言をぶつけられる。
「やっと反応した、何度か呼んだのに」
「ごめんごめん、つい夢中で読んじゃってた」
本を閉じて、かゆうの方に向き直る。
彼女は(×僕に)じゃーんと言いながら、豪華な装丁の本を見せてきた。
僕が選んだ本とはまた毛色は違うが、綺麗な表紙だ。
「で、それ読めるの?」
「全然読めない」
彼女は笑い、僕もつられて微笑んだ。
僕らは二人して、読めない本をペラペラと捲る。
お茶についてきたスコーンを、本にこぼさないよう細心の注意を払いながら齧った。
「うまっ」
ブルーベリージャムがたっぷりと付いたスコーンを一口齧ると、丁度いい甘みと香りが口の中で広がった。
セットで来た紅茶を口に含むと、無糖だったのも相まって、口に残るブルーベリージャムの甘さと絶妙に絡み合っていた。
かゆうの方を見ると、彼女のスコーンにはハチミツがたっぷり。
ついていたスプーンで少しずつスコーンを切り崩しながら食べている。
そんな風に食べるのか。
確かに、それなら口の周りをあまり汚さずに食べることが出来そうだ。
僕も彼女に倣って、スコーンをスプーンでザクザクと切り崩して食べてみる。
うん、確かに食べやすい。けど……。
「んー、かぶり付いて食べる方が満足感は大きいなぁ」
スコーンをおいしく食べるにはどうするのがいいかと思案していると。
「キミト君どうしたの?」
彼女に見つけられてしまった。確かに動作が不自然だったかもしれない。
「スコーンって普段食べないから、どういう風に食べるのが一番美味しいんだろうって悩んでたんだ」
「あー、確かにスコーンって普段食べないかもね。スコーンが置いてあるカフェって珍しいかしれないね」
花遊が自然に食べているということは、食べ慣れているのかもしれない。アフタヌーンティーをしに行ったりするのかな。
彼女の所作は僕のよりも自然に感じる。
「花遊はさ、スコーンはよく食べるの?」
「私はたまに家で作るよ、ママも好きだし」
「花遊って料理したんだ!!」
「女の子だもん、料理くらいするよー」
かゆうの料理って、なんか爆発しそう。
「今、爆発させそうって思ったでしょ」
「はっ、エスパー!!」
僕は分かりやすい顔でもしていたのだろうか。
「じーー、いまめっちゃわかりやすい顔してたよ」
「料理してるのがちょっと意外だなって思ったのと、スコーン焼けるのはスゲェって思った顔」
「なにその全然伝わってこない顔は」
かゆうはぷっと吹き出した。
「しょうがないだろ、感情だってたまには迷子になる」
彼女はさらにくくくっと忍び笑いをする。
どうやらツボに入ったようだ。
僕は彼女を眺めながらごまかすように紅茶を啜った。
彼女はひとしきり笑った後、落ち着くためかハーブティーを飲んだ。
「キミト君ってたまに変なこというよね」
「花遊には言われたくないわ」
「えー、私は変なこと言わないもん」
まったくこの子は自分のことをわかってないのかねー。
「はいはい、そうだね」
「えー、そうでしょー」
彼女が不思議そうな顔をするので、僕はちょっと目を逸らしたりしてからかった。かゆうはそれに構うのがめんどくさかったのか、話を戻しにきた。
「でも、スコーン自体は作るのはそんなに大変じゃないよ。慣れたら結構簡単」
「それでも、すごいよ。花遊がそんなの作れるなんて知らなかったもん」
「そう言えば言ったことなかったかも。今度焼いたの持ってきてあげようか?」
「おっ、マジで? めっちゃ楽しみなんだけど」
女の子の手作りお菓子か。
楽しみにしよ。
時計を見ると、もう少しで18時半になるところだった。
僕は深い青色の本閉じて、そろそろ帰ろうかとふわりに提案した。
「もうこんな時間なんだ、そろそろ帰ろうか」
と彼女も僕の提案を汲んでくれた。
本を戻してから、残っていたスコーンを口にかきこみ、流石にぬるくなった紅茶を飲み干す。
他の席を見渡すと、まだ半分以上の席は埋まったままで、
僕らは二人で席を立ち、レジで会計を済ませて外に出た。
辺りはすっかり暗くなり、少し遠くの道さえ分からない。
「秋になったって実感するねー、さむ」
カフェの中との温暖差で寒く感じる。
「えいっ、温かい?」
そう言いながら、かゆうは両手を僕の頬に当ててきた。
「冷たいって」
僕は頬に付いた彼女の手に、自分の手を重ねた。
「ちょっと温かいかも」
と彼女は満足げに笑った。
僕はその手をそのまま握って手をブラブラさせる。
「秋の夜長にこうして歩くのも悪くないね」
「せめてジャンバーくらいは欲しいかも」
「温かいと手をつなぐ動機がなくなっちゃうよ」
僕はまだ白くはならない息を吐きながら。
いつか理由などつけずに、こうして手を繋げる日が来るといいなと思った。
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