≪秋≫焼き芋、焚火

 学校が終わった放課後。僕らは買い食いをしながら帰るつもりなので、いつもとは少し違う道を二人で歩いていた。

「秋だねー、最近ちょっと肌寒いね」

「そうだね、昨日の夜なんて気温9度だったしな」

「ひぇー、私寒いの苦手」

 僕は花遊が萌え袖にしている姿を見て、「そんな感じするね」と笑った。

「キミト君は寒いの平気なの?」

「うーん、得意ではないけど普通かな」

「普通ってなによー、ハッキリしてよ」

 彼女は僕の肩をゴスゴスと殴ってくる。

 別に痛くはないけど、形だけでも痛がっておくべきだと思って、「かゆういたいっ、いたいって」と大袈裟に反応してみた。

「花遊痛いっ、痛いって」

「キミト君がはっきりと言わないからでしょー」

 僕がわざと痛がるフリをすると、かゆうは若干したり顔だった。

「そんなこと言ったって、普通なんだからしょうがないじゃん」

「夏もそんなこと言ってなかった?」

「んー、言ってたかなぁ」

「わかった。雪女ならぬ、雪男なんだわきっと。だから夏は涼しくて、冬は耐性があるから平気なのね」

「なんでやねん」

 ノリで関西風ツッコミをいれたけど、当然かゆうの言うような超人ではない。ちゃんと人間なんだぞと弁明させて貰う。

「まぁ夏は夏で、普通に暑いってなる。流石に冷たいもの欲しくなるよね」

「一緒にかき氷食べたもんね」

「そういえば、前に何かで見たんだけど、かき氷のシロップって実はどれも同じ味なんだって」

 それを聞いた彼女の目はまん丸になった。

「ええええええ、私ちゃんと苺の味してたよ!?」

「うん、僕もブルーハワイな感じだったよ。けど、実際はそういう気分を味わってただけで一緒なんだって。びっくりだよね」

「びっくりはびっくりだけど、ブルーハワイな感じってなに、ふふふ。そっちの方がウケる」

 彼女は僕の発言がツボったのかくすくすと笑っている。

 二人で笑い合っていたら、突然僕らの間に木枯らしが吹いた。

 かゆうは少しでも体を温めようと、背中を丸めて縮こまっている。

「ううう、寒いー」

「流石に秋って感じよな。なにか体が温まるもの食べたいよね」

 彼女も同意見のようで、「ねぇ、なにたべる? さむいから早く行こ!」と元気よく答えていた。やっぱり食べ物が絡むとはつらつとするな。

 そんなことを考えていたら、どこからともなく)い~しや~きいも~おいも~という声が聞こえてきた。

「焼き芋!!」

 販促の声が響いた瞬間、彼女の目が輝いた。

「焼き芋かぁ、買いに行っちゃう?」

「ちゃうちゃう」

 ぴゅうぴゅうと吹く風に打たれながら、声のする方へ向かっていく。

 しばらくすると声が大きくなり、焼き芋の良い匂いが香るようになってきた。

「秋になるとやっぱりおいもは食べないとだよね」

「秋の味覚筆頭って感じだもんね」

 焼き芋屋さんに着くと少しだけ列が出来ていたので、僕らもそれに並んだ。

「今だと焼き芋ソフトとかジェラートあるね」

「あー、知ってる。こないだテレビで秋の味覚特集やってて映ってたよ」

「まだ、ギリギリアイスも食べられなくもないかー」

「こたつに入って食べるんだよ」

 彼女はなぜか、「ふふん」と勝ち誇っていた。

 それは勝ち誇るところなんかな。

 そんなことをしているうちに列が進み、前の人たちは新聞紙に巻かれたさつまいもを受け取ると、お店から立ち去っていった。

 やっと自分たちの番みたいだ。

 おじさんから一つ200円だよーと言われたので、お金を払って焼き芋をひとつ貰った。

 屋台から離れて、人通りが少ない場所まで行ってから、焼き芋をくるむ新聞紙を剥ぐ。

 冬支度でもしているかのようにぐるぐる巻きだった新聞紙から出てきたのは、あつあつのサツマイモ。新聞紙越しでも暖かさが伝わってくる。手で半分に折れば、中からふわぁっと湯気がたった。甘い湯気が風に煽られ、僕達の鼻口をくすぐる。かゆうも待ち切れないのか、新聞紙の隣に両手を構えていた。その手に、半分に折ったサツマイモを置いてあげる。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

 受け取ったかゆうは、あっちちと言いながら口をつけた。流石に素手で持たせるのは可哀想だったかもしれない。

 よほど熱いのか、ハフハフ言いながらちびちび齧っている。前も思ったことあるけど、なんだかハムスターみたいだな。そんなことを考えていたら、かゆうから声をかけられた。

「甘くておいしいー」

「甘くておいしいー。キミト君も早く食べなよ」

 彼女に促されて皮を剥き、ぱくりと齧り付いた。あつっ。思っていたよりも熱くて、僕もかゆうみたいにハフハフすることになった。でも、おいしい。

 やっぱり寒い時に食べる焼き芋は美味しいなぁ。冷たい風が、焼き芋の熱さを中和してくれるし。なんだか子供の頃の思い出がよみがえる。

「そう言えば、昔地域の子供会で焼き芋しなかった?」

「えー、どうだろう?」

 子供会では年に二回、春と秋に地域の清掃があった。

秋の清掃時には、ほとんどの人がサツマイモと新聞紙を持ってきていた。最後に集めた落ち葉を燃やして、その火で焼き芋をしたのをいまだに覚えている。

 あの時の焼き芋もすごくおいしかったな。

 花遊にその話をしてあげると「キミト君ずるーい、私もしたかったなー」とうらやましそうにしていた。

「いつか、いつか。二人じゃなくても。落ち葉で焼き芋したいね」

「うん、絶対したい」

 かゆうはそのいつかが楽しみなのか、にししと笑った。

 隣を歩く彼女を見ながら、もし昔から知り合いだったのなら、僕の人生は違ったものになったのだろうかとぼんやり考える。

 僕が見ているのに気がついたのか、彼女は「ん?」と不思議そうな顔をしてから、焼き芋を隠した。

「あげないよー?」

「自分のまだあるって」

 彼女は僕が見ているのを気づいたのか少し不思議そうな顔をする。

「なぁに?」

「秋だなぁって思ってさ。そろそろマフラーくらいは必要になるね」

「あー、そうだね、首回りちょっと寒いかもー」

「ネックウォーマーもいいよね、僕はあれがカッコよくていいなって思う」

「えー、マフラーの方が可愛いよー。長いやつだったらキミト君の首にも巻いてあげられるよ」

 その何気ない言葉にドキッとしたけれど、照れ隠しのために冗談を飛ばした。

「いやだよ、花遊に巻かれると絶対首締まるもん。死ぬって」

「もー、またそんなことを言うー」

 むすっとしたかゆうが、少し強めに肩を小突いてくる。

「痛いって」

「これは自業自得でしょ」

 冗談で返されたのがよほどお気に召さなかったのか、えいっ、えいっ、と連続パンチ。何度も繰り返されると流石に痛いな。

「痛いって、ごめん、ごめん。僕が悪かったって」

「わかればよろしい」

 彼女は満足げにフンスッと鼻息荒くしていた。

 かと思えば、焼き芋を口にくわえ、空いた両手を僕の頬につけてきた。

「えいっ」

「冷たっ、びっくりするだろ」

「寒いけど私にはまだカイロは早いかなってのを伝えたくて、にしし。だってこんな近くに私専用のカイロがあるんだもん」

 僕は空いてる片手を、彼女の手にそっと重ねた。

「こっちの方がもっとあったかいよ」

「ばかっ」

 言われたことが恥ずかしかったのか、彼女は慌てたように僕の頬から手を離した。

 あまりに恥ずかしいのか、そっぽを向いて追加で文句を言ってくる。

「キミト君のばーか」

「あははは、僕の勝ちだね」

「ばーかばーか」

「僕の手って温かいでしょ」

 かゆうに見せびらかすように、目の前で手を振ってやる。すると、彼女は少し拗ねたように呟いた。

「どーせ私は冷たい人間ですよーだ」

「そんなこと言ってないんだけど」

 ふてくされる彼女をなだめるために、彼女の手を握って言った。

「じゃあおすそ分けしてあげる」

「むー、なんかずるくない」

「だってさ、ちょっと寒いんだもん」

 この時見た彼女のしょうがないなと言わんばかりの顔は、生涯忘れないだろうと思った。

 そう思いながらも別のことも考えていた。

 彼女の「ちょっと寒いんだもん」を聞いて、焼き芋などサツマイモを使ったものがいろいろ販売される季節だなと思った。

 そこで彼女に聞いてみることにした。

「芋を使ったお菓子って色々あるじゃん、何が好き?」

「芋かー。芋羊羹とか」

「また渋いのが出て来たなぁ」

 彼女の好みが思いのほか渋くて、思わず苦笑いしてしまった。

「うるさい、うるさい。だって好きなんだもん」

「花遊の好きなものって、なんかババ臭いよな」

「なにおー、いいだろぉー別に」

 かゆうはぷんぷんしているが、それでも僕の手は離さない。

「じゃあ今度作ろっかな」

 怒る彼女に向かって、ニカッと笑って見せた。

「た、食べる!!」

「わかってるよ、だから作るんだよ」

「ならば良し」

 彼女はあー楽しみが増えたな―と言いながら手に持つ焼き芋を齧る。

 ふと見上げれば辺りはもう夕暮れで、空が赤く染まり始めている。

 ちまちま齧っているその頬は、なぜか赤い。よくみれば辺りはもう夕暮れで、太陽の光が周りと一緒にかゆうの頬まで染めていただけだった。更に、いつのまにか僕らの周りにはトンボが飛んでいて、静かな夕暮れを少し賑やかにしている。

「アキアカネだね」

「秋って感じがするねー」

 えいっ、えいっと言いながら、彼女は近くに止まったアキアカネを取ろうとするが、当然取れていない。

「近くに来るし、取れるかなぁって思ったんだけど」

「あははは、がんばれがんばれ」

「もー、キミト君もやってみてよ」

「無理だよー、せめて帽子でもあれば捕れなくはないけど」

「えっ、網じゃなくて?帽子でも捕れるの?」

 彼女はびっくりした表情で僕に尋ねてくる。僕はなんだか嬉しくなって、ちょっぴり自慢げに過去の戦果を報告した。

「昔はトンボくらいなら帽子でも捕ってたから、いまでも捕れるんじゃないかな」

「へー、すごーい」

「今飛んでるのはアキアカネだね」

 僕がトンボを指しながら言うと、かゆうは関心しながら、周囲を飛ぶトンボを見渡す。ひとしきり見渡した後、彼女はひとりごちるかのように言った。

「トンボってさー、飛んでるのをちょっと離れてみると可愛いのに。近くで見ると怖いよね」

「確かに近くで見ると顔とかグロいよな」

 僕は滞空しているトンボの頭部を見ながら、かゆうに同調する。そういえば、トンボで思い出したけど……。

「トンボに齧られたらかなり痛いらしいよ」

「トンボって噛むの!?」

「そりゃトンボだって生きているからにはモノを食べるもん。肉食だし、トンボよってはスズメバチすら食べるのもいるよ」

「す、スズメバチも食べるんだ!!」

 花遊はびっくりしながら、君たちってなかなか凄いんだねとトンボに話しかけていた。

 僕はトンボを見ながら、あっそうだと思い立ち(、)残っていた焼き芋を口に押し込んだ。

 急ぐように焼き芋を詰め込んだ僕を見て、かゆうが不思議そうに問うてくる。

「どうしたの?」

 僕はしぐさで質問に答えようと彼女と繋いでいた手をほどき、焼き芋屋さんで貰った新聞紙の皺を伸ばした。

 彼女は僕の行動を不思議そうな目で見ている。

 皺を伸ばした新聞紙を今度は正方形になるように千切った。

「おっ、なかなか綺麗な正方形になったぞ」

「キミト君、今度は何をしてるの?」

「ん? トンボ見てたらなんか紙飛行機作りたくなっちゃって」

「紙飛行機!? いいなー、私も作る―」

 新聞紙が大きかったので、二機作れるように二等分していたものの片方を花遊に渡す。

 僕らは二人で一生懸命紙飛行機を折った。

 僕は長く遠くまで飛ぶように幅の広い紙飛行機、彼女は流線型の鋭い紙飛行機。

 僕らはそれを土手から少し幅のある川に向かって飛ばすことにした。

「それー」

 彼女の掛け声に合わせて、紙飛行機から手を離す。

 彼女の流線型の紙飛行機は、まっすぐ飛んでいくと途中で川に着水した。

 僕のは風に乗り、ふわふわと飛んで川を越えた。

「キミト君の紙飛行機すごーい。川越えちゃったねー」

 僕の作った紙飛行機は周りにトンボを従えて、遠く遠くへ飛んでいく。

 どこまで飛んでいくのかと彼女と二人で見守っているとそのうちに失速して、向こう岸の草むらの中へと消えていった。

「キミト君の紙飛行機も落ちちゃったね」

「花遊よりも飛んだからいいかな、なんて」

「またそんな意地悪を言うんだから!!」

 彼女はじゃあ置いて行かれないように捕まえておかないとね、と言って僕の手をまた握った。

「今日はちょっと冷えるもんな」

「そうだよ、寒いんだよ」

 二人揃って手を繋ぐための)言い訳をして、そのまま分かれ道まで帰った。

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