≪夏≫汗と、ペットボトル

「はっ、はっ、はっ、はっ」

 私の日課である、早朝のランニング。

 流石にもう夏ということもあり、早朝でもかなり暑い。

 持ってきていたタオルで汗を拭いながら、持参したペットボトルのスポーツドリンクを飲む。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 毎日30分ほど家の近くを走っている。

 走りながら、道中で出会う人たちに「おはようございます」とあいさつをしながらゴールである家を目指す。

 喧噪もなく、静かで少し透き通った空気を感じるこの時間が私は好きだった。

 彼を見つけるまで、私はどこか孤独を感じていた。

 このランニングも孤独を紛らわせるための行動に過ぎない。

 友達とおしゃべりして、買い物にいって、おいしいスイーツを食べる。

 そんな日々にどこか違和感を覚えながらも、瞬間瞬間の楽しさに身をゆだねて過ごす自分にどこか嫌悪感を抱いてもいた。

 いてもたってもいられず、家を飛び出して走り始めた。それからランニングが日課になった。

 初めは学校から帰って走っていたのだけど、ランニング中に友達と会うのが嫌で時間帯を変えた。

 走り始めてから友達からの放課後の誘いを断り続けていたため、ランニングを朝にやるとすることがなくなってしまった。

 それでもなんとなく友達と遊ぶ気にはなれず、放課後学校をぶらついたり、教室に残ってぼーっと少しだけ過ごしてから帰っていた。

 その日も放課後に少し残って帰ろうと思っていた。

 放課後の教室を見回すといつも彼が居た。

 いつも私と同じように教室に残っている。

 私は彼が帰るよりも先に帰ってはしまうので、彼が何時まで教室にいて帰るのかは知らない。

 そんな彼を少し離れた自分の席で、横目で見る。

 つまんなそうに外を見て、顔の半分が夕日に照らされている。

 彼も私と同じなのだろうか・・・・・・?ふとその考えがよぎって、気がついたら彼の近くまで来ていた。

 これほど私が彼に近づいてもこっちを見る素振りはない。

 私はそのまま立ち尽くしてしまっった。えーっとどうすればいいんだろ。とりあえず名前・・・・・・名前なんだっけ?

 教室でクラスメイトが呼んでいたものを必死で思い出す。

 キミヒコ?そう言ってるのを聞いた覚えがある。

「キミト君だよね?」

 私は盛大に名前を噛んでしまった。

 私の呼び声に反応したのか、名前に反応をしたのかわからないがとりあえず彼を振り向かせることに成功はした。

 ただ名前があってるのかはわからない。でも、反応をしたということは合ってるんじゃないだろうか、もし違えば違うと言われるだろうし。よし、多分噛んだ方があってたってことだろう。

「どうしたの?」

 私の声に反応した彼が私に用件を聞く。

 私は声を掛けるのに少し緊張をしていたせいか、彼の反応に安心して続けて声を掛けた。

 一瞬これって聞いていいのかなーとは思ったものの話しかけてしまった以上ここでやめるのも変な気がしたから意を決して尋ねた。

「き、キミト君は帰らなくていいの?」

 彼は私の言葉に一瞬目を逸らした。

 私はまずいことを聞いてしまったのかも思ったけど「みんなが一気に帰る波に巻き込まれたくないだけなんだよ」そう少しぶっきらぼうに返ってきた。

 友達居ないのかな?私はてっきり一緒に帰る友達が居ないからこうしてるのかと思った。

「そっちは?えーっと」

 彼の反応を見たときに私を指しているような気がしたが、とっさに名前が出てこないのだと察した。

「私?私はふわりだよ」

 私は改めて自己紹介をした。

 みんなからは下の名前のふわりって呼ばれてて、そう呼ばれるのが私も好きだった。

「あー、花遊か。花遊はなんで他の子と帰らないんだ?」

 ガーン、せっかく下の名前で伝えたのに呼んでくれなかった。

 私はそんなキミト君の反応にむきになった。

「花遊じゃないもん、ふわりって呼んでよ」

 私はなんとなく、この男の子にもふわりと呼んで欲しいと思った。

 それなのに、

「えっ?無理。女の子を下の名前で呼ぶとか聞かれたら死ぬじゃん」

 今までもこうやって名前で呼んでもらおうとしたことはあったけど、こんなに頑なに拒絶されたのは初めてだった。

 死ぬってどういうこと?私の名前が死の呪文になるのかな???

「し、死なないよ!!」

 突然死ぬだなんだと言われてびっくりして、前のめりに言ったけど。

 だけど彼はそんな私の返しに興味が無いように、「で、花遊はなんで残ってるんだ?」と返してくる。

 むー、そこは何かしらの反応が欲しいところだったんだけどなぁ。

 ただ私も残っている理由を聞かれるのはちょっとだけ困ることだったので。

「秘密」

 私はめいいっぱいいたずらっぽく答えた、のに。

 そっか、としか返ってこなかった。

 私はちょっとだけ不機嫌さんになったので

 「まぁあ、友達に誘われたらわからないけどね」

 と、彼の反応に返した。

 放課後走っていた頃を友人たちは知っていて、今もなお走っているのだと思っているからあまり誘ってこないし、もしも誘われても走るのを言い訳にするだけだった。

 別に友人たちが嫌いとかではない、休みの日に誘われれば一緒に遊ぶし、カラオケだって行く。

 でも、学校の後の放課後は私にとっては大切な時間なので誰にも取られたくはなかった。

 ふいに彼から言葉を投げかけられる。

「僕は放課後だいだい教室に居るからさ、残るときは喋り相手になってよ」

 私はその言葉が何故かとてもうれしかった。

 今までただのクラスメイトで、たまたま教室に居合わせるだけの人からちょっとだけ距離が近づいた実感を持った。

 だから私は「これからよろしくね、キミト君」と笑顔で言いながら彼の前の席に座った。

 私は今日から彼の喋り相手になる。

 それから「今日ね」と彼に今日あったことを話し始めた。

 いままであまり話したこのない男の子だったけど、私はこれからこの時間がずーっと続けばいいなと心の中で思いながら話していた。

 彼は私の話を興味深そうに聞いてくれる。

 彼の全く知らない、彼の居ない空間の話なのに。

 きっと彼にとってはつまらない時間だったと思うけど、それでも私は私の世界を少しでも知ってほしくて。

 

 君の笑った顔も、困った顔も、呆れた顔ですらこんなに好きだったのに。

 私は結局言葉で伝えることが出来なくて、雨の降る便箋に恋のあとがきを綴る。

 この手紙があなたに届くときには私ではない、違う大切な人があなたの隣には居るんだろうね。

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