≪夏≫かき氷、キーンとする

「んんんんん」

 ふわりは声にならない声を上げていた。

 僕らは駄菓子屋の前に置いてある長椅子に並んで座り、かき氷を頬張っていた。

「急いで食べるからだぞ」

 キーンとしたのだろう頭を抱えながら、彼女は悶えていた。

 シャクシャクと音を立てながら、色のついた山を切り崩す。

 僕らは二人で並んで、かき氷を食べている。

「キミトくーん、頭が痛いよー」

 何度目かの悲鳴を隣で聞きつつ、口に色のついた粉雪を運ぶ。

「何回も言うけどな、ゆっくり食べろよ」

 ふわりは懲りずに、またパクパクとかき氷を口に運ぶ。

 学校の近くにまだ残っている、駄菓子屋でかき氷を食べている。

 僕らはみんな小さいころからお世話になっている駄菓子屋だ。

 今日は学校がお昼過ぎに終わり、暑かったのでふわりと二人でここに来た。

 駄菓子屋で出している、夏限定のかき氷を食べに来た。

 手に持つかき氷の冷たさ感じながら、ふとこうして二人で買い食いをするようになった日のことを思い出していた。

 

 放課後はいつも、ある程度人が帰り始めて落ち着くまで、二人で教室に残っていた。

 そういえば、花遊と話すようになったのも、こうしてお互いに放課後残っていたからだったと思う。

「キミト君だよね?」

 ある日、いつものように放課後に残っていると一人の女の子が声をかけてきた。

 少し不安そうに、こちらの様子を伺っている。

 ちょっと名前が違うけど、面倒くさかったので特に訂正しなかった。

 どうしたの? と言葉を返せば、その子は不安そうな顔から一転、花が咲いたかのような明るい顔をした。

「き、キミト君は帰らなくていいの?」

 彼女は少しだけトーンを落として僕に聞いてきた。

「みんなが帰る波に巻き込まれたくないだけなんだよ」

 彼女は少し不思議そうな顔をした。

「そっちは? えーっと」

 彼女の名前が出なくて言葉に詰まっていると。

「私? 私はふわりだよ」

 彼女は不思議そうに答えた。

 なんで私のこと知らないの? みたいなノリで来られても困るんだけど・・・・・・。

「確か、花遊だったっけ。花遊はなんで他の子と帰らないんだ?」

「花遊じゃないもん、ふわりって呼んでよ」

 そういえばクラスメイトの女子たちは彼女をふわりと呼んでいた気がする。

「えっ? 無理。女の子を下の名前で呼ぶとか、聞かれたら死ぬじゃん」

「し、死なないよ!!」

 僕の発言に衝撃を受けたのか、びっくりした。

「で、花遊はなんで残ってるんだ?」

 彼女は僕の質問に対し、人差し指を口の前に持っていき、「秘密」と囁いた。

「そっか」

 小悪魔的な動作に意表をつかれて、そっけない言葉しか返せなかった。

「まぁあ、友達に誘われたらわからないけどね」

 なんて答えるふわり。だけど僕は、友達から誘われたのに断っている場面を見ていた。理由までは分からないけど、まぁそういう気分の時もあるだろう。そんな彼女に、助け舟を出すつもりで一つの提案をした。

「僕は放課後だいだい教室に居るからさ、残るときは喋り相手になってよ」

 すると、彼女は嬉しそうに「これからよろしくね、キミト君」と言って、僕の前の席に座った。

 席についた彼女は、「今日ね――」という前置きから、友達との出来事を話し始めた。

 彼女は楽しそうに、身振り手振りを交えながら話してくれる。そんな彼女をみていると、なんだか僕まで楽しい気持ちになった。結局その日は、日が暮れるまで話し込んだ。

 それからというもの、僕らは人の居ないところでよく話すようになった。

 ふわりは最初、友達との出来事ばかり話していたが、いつからかそれをしなくなった。

 代わりに僕らの話が中心となり、お互いの家が近かったことも加わって、一緒に登下校するまでの仲となる。

 彼女の話題はスイーツの話が多く、友達に聞いたあのお店やこのお店へ行ってみたいと、よく語っていた。

 いつものようにお店の話題をだされたある日、たまたま財布に余裕があったので、思い切って食べに行くことを提案してみた。すると、意外なことに了承。

 彼女は放課後、どれだけ友人から誘われても断っていたため、まさか僕の提案に食いついてくるとは思ってもいなかった。

 その時話題に登っていたのは、厚みのあるパンケーキ。いざお店に行ってみると、店内は女の子とカップルばかりで思わず気圧された。

 けれど彼女はそんなことを意にも介さず、店員さんに案内されている最中、ずっとウキウキした様子だった。

 席に着くなり「キミト君パンケーキだよ」となんども言っていたので、とても楽しみにしていたのがうかがえる。

 そのお店は目の前で焼いてくれるスタイルだったため、花遊は目の前で少しずつ膨らむパンケーキに目を輝かせながら「ふわぉ」と声を漏らしていた。

 店員さんもここまで素直な反応をあまり見ることが無いのか、ちょっとだけ動揺していたのが僕的には面白かった。

 出来上がったパンケーキにたっぷりとかけられたハチミツは、キラキラとして宝石のような光沢を放っている。

 パンケーキが目の前に置かれると、彼女は早速とばかりに切り分けて、頬が膨らまんばかりに口へ入れた。

 「んー!!」と嬉しそうにパンケーキを味わっている。

 パンケーキを食べているときでさえ、「このお店聞いてずっと行きたかったんだよね、それでね」と本当に行きたかったんだと感じる熱量で彼女は話す。

 そんな風に話している花遊を教室で見たことがないので、クラスメイト達に少し優越感を持った。

 最後に食後の紅茶を一杯飲んでいると、彼女はとても満足そうに「一人で来るのは勇気が必要だったから、キミト君が一緒に来てくれて良かったよ」と語っていた。

 食べたパンケーキについて熱弁しているふわりを見ながら、友達と行くという選択肢はなかったのかなと、心の中でひそかに思ったりした。

 けれど、彼女とのこうした時間を独り占めできるなら、無理に聞かなくてもいいかと、その疑問を心の中に仕舞った。

 それから僕は、彼女と今日みたいな日をまた過ごせたらいいなと思って、余裕があるときは彼女の食べたい欲求に付き合うことにした。

 だから学校の帰りには、こうして二人で買い食いをすることが増えた。

 これは僕と花遊の、秘密の時間。

 

「見て見てキミト君」

 ふわりがベーっと舌を見せてきた。

 彼女の舌は赤色になっていた。

「舌赤いな」

「えへへっ、やったー。なんかさ、かき氷食べて、舌が同じ色になってると嬉しくない?」

 彼女は自分の舌が苺に染まっていることを喜んでる。

 ねぇねぇ、キミト君は? 見せて見せて、とせがむ。

 あまりこういうのを見せるのは得意じゃないんだけどと思いながらも、ふわりに向かって舌を出した。

「わぁ、キミト君の舌は青い!! それ、何味?」

 ふわりは僕の舌を見て、食べていた味が気になったみたいだ。

「ブルーハワイだよ」

「ブルーハワイ? どんな味?」

 どんな味かと聞かれると、答えに困る。苺やメロンやレモンみたいにわかりやすいフレーバーではないもんな。

「僕にもよくわからない。でもなんとなくあったら選んじゃうんだよね」

「わからないのに好きなんだ。へんなのぉー」

 僕の返答がツボにはまったのか、ふわりは笑っている。

 ブルーハワイって結局何味なんだろーなーっとふわりに言われて、ぼんやり考えながらかき氷を口に運ぶ。

 かゆうが横から一口頂戴と言って、僕のかき氷にスプーン型ストローを突き差してすくい上げた。

 ふわりは僕から取ったものを口に運んで、

「んー、確かに何味なのか、わからないね」

 と笑ったのだった。

 彼女が笑った口から青色に染まった舌がチラッと見えた。

 彼女がそれに気づいていないと察して、思わず笑ってしまった。

 突然笑ったせいか彼女は不思議そうにしていたけれど、僕は笑いを堪えながら、なんでもないよと答えた。

 楽しい時間は早くすぎるもので、あっという間に食べ終わってしまった。彼女はまだ少し残っていたみたいだけど、今しがた終わったみたいだ。

「食べた!!」

 彼女は僕に向かってカップの底が見える様に見せてきた。

「僕ももう食べ終わったよ、久しぶりのかき氷おいしかった」

 僕ももう残っていない底面を彼女に見せる。

「私も!! 久しぶりにかき氷食べられて、よかった」

「せっかく来たし、店の中も見て回る?」

 久しぶりに駄菓子屋に来たので中で駄菓子を見てみたくなった。

「さんせーい、私あれ食べたい」

 彼女も賛同してくれたので、再び店に入った。

 店の中は古き良き駄菓子屋そのままだ。

 店の奥では店主のおばあちゃんが静かに座っている。

 懐かしいなぁと言いあいながら、二人で駄菓子を見て回ることにした。

 フルーツ餅、ミニサワーなどのミニラムネ、プチプチ占いラムネ、ヤングドーナッツ、あんず棒・・・・・・。

 店の壁にずらりと並んだ駄菓子を歩き、物色する。

「あ、私これ好きだった」

 彼女が手に取ったのはフエラムネ。

「あー、わかる。昔かぁさんにうるさいってよく怒られたなぁ」

「ええええ、ホントに!? 私もよく怒られたよ」

「ふわりはこの歳になっても吹いて怒られてそうだね」

 僕はそう言って笑う。ふわりがフエラムネを吹いて怒られている姿が浮かんだ。

「むー、キミト君だって怒られたって言ったのにー」

 不満そうに抗議してくる。

 今更この年でフエラムネはないなぁ。

「僕は流石に選ばないかなぁ」

「えーっ、そうなの? キミト君はちょっと大人ぶってるよね」

「えっ、どこが!?」

「しらなーい」

 そう言うとフエラムネを置いた。

「おっ、ねるねるねるねじゃん」

 僕が懐かしいものを見つけると、それにかゆうも反応をする。

「これもめっちゃなつかしー、混ぜ混ぜするの好きだったなぁ」

「わかる!! 僕も」

 しばらく店を見て回り、買うものを決めた。

 レジでおばあちゃんにお金を渡すと、おつりの額に万円とつけて返してくれる。

 いまでもこうして返してくれるおばあちゃんに懐かしさを抱きながら、また来るねと言葉を残して駄菓子屋をあとにした。

 彼女は買ったフエラムネを開けると早速「ピュー」と音を鳴らしていた。

「ふわり、また怒られるぞ」

「ふふん、今はママも居ないし思う存分吹けるのだ」

 彼女はどこか勝ち誇った風に言う。

 全然カッコよくないけどな。

 僕はというと、手元でお菓子を練っている。

 そう、ねるねるねるねを買ったのだ。

 思わず買ってしまったので、作りながら帰ることにした。

 歩きながら作るのはちょっと難しく、ところどころで立ち止まって粉を入れたりした。

 そのたびに彼女も立ち止まり、「ピュー」と笛を鳴らすのだった。

 彼女の家の近くでちょうどいい感じに出来た。

 スプーンで掬って見せると、パクっと食べられ、当の彼女は、久しぶりに食べた!! と喜んでいた。

 僕が抗議する間もなく、「じゃあね」と言って自分の家へ帰って行くふわり。

 僕は彼女の咥えたスプーンをどうするべきかと逡巡して――。

 ひとまず帰路へつくことにした。

 ――スプーンの行方については割愛する。


 後日譚的なものだけど。

 次の日彼女と顔を会わせると開口一番に。

 「うわぁーん、ママにうるさいって怒られたー」

 大きな声で僕に泣きつく。

 どうやら残りのフエラムネを部屋で吹いて楽しんでいると、お母さんに怒られたらしい。

 それもまたふわりらしいなと、僕は話を聞きながら思った。

 かき氷を食べると、ふとこの時のことを思い出してしまう。

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