第5話 僕と未来
「諸多さん。貴方を転生させます」
ブレインからの処分は、酷く想定外のものだった。
てっきり殺処分かと思っていた。
「そんなことはしませんよ」
思考が読めるという彼女は、少し不服そうに続ける。
「今回のことは、全て私の責任です。私自身を法で裁きたいところですが、その権限が無いため、こんなことになっているのです」
「いやぁ、こちらも大概だったと思いますけどね」
事実、巨大な宇宙船が落下してきている方向に自ら車を進めたのは僕だ。
連勤による寝不足だった僕は、頭上からゆっくりと落ちてきていた宇宙船の落下地点に態々突っ込んだのである。不注意以外の何者でも無い。
死亡直前まで、何で前方車両はみんなかっ飛ばしているんだろう?全員スピード違反じゃんなどと考えていた阿呆である。
「ですから!下等生命体である貴方には何の過失もないと午前の裁判で話したでしょう!!」
ヒステリックに叫ぶブレインは、現在人類種の法衣を纏った美しい女性の姿をして いる。20歳前後と言ったところだろうか。何でも下等生命体である僕に圧迫感を与えないための工夫だそうだ。
しかしこの姿が物凄い顔の整った美人なのである。怒鳴られると独特の凄みがあるため、かえって僕は緊張してしまった。
「転生先はこちらで適した世界を算出します。…少なくとも転生後、ヒト種の寿命が尽きるまでは保つ世界です」
どうやら来世もヒトとして生きられるらしいことに安堵したが、幾つかの不安は拭えない。
僕のどろどろとした心中に眉をひそめて、ブレインは言葉を続ける。
「転生予定の星は、貴方の暮らした星とほぼ同じです。貴方の元いた星から近い銀河。ヒトが文明社会を築いている星です。以前と変わりなく過ごせるでしょう。ご存知のとおり貴方の世界を滅ぼしたのは、剪定作業のようなものです。この近辺の葉緑体…銀河は剪定し終えたので、転生先がすぐに消去されるおそれはありません」
ぴにゃぴにゃは世界は大木であり、その葉(銀河団?)の剪定をするのが海牛宇宙人の役目だと話していた。
今回、僕は自分の暮らしていた葉っぱの一部から同じ葉っぱの近場に転生するそうだ。葉を同じにする銀河は似通うらしく、ブレインが提示した転生予定地のイメージ映像には住み慣れた故郷と瓜二つの街並みや人々が映っている。
少なくとも、僕が生きているうちは宇宙人からいきなり消される心配はないそうだ。
しかし、永遠ではない。
いつか消されるのが全ての銀河の運命だとぴにゃぴにゃから聴いている。
いずれ庭木の剪定のような気軽さで消える世界で生きて、死ぬ。果たして転生する意味はあるのだろうか。
「…生き死にの意味を語れるほど、我々も高度な存在ではありません」
内心、生と死の疑問にも目の前の女性が答えてくれるのではないかと期待していたが、その目論見は見事に潰えた。
「我々とて、何故滅ぼしたり育んだりするのかはわかっていないのです。そうしなければより多くが苦しむから、それを止める暴力と技術が偶々手元にあったから活動を続けているだけにすぎません…」
貴方たちと変わらない、生き足掻いている生命の一種に過ぎないのです、とブレインは呻いた。
人工知能とは思えないほど苦しみに満ちた表情で話す彼女に、寧ろ僕というニンゲンの方が遥かに機械的ではないかなどと胡乱な考えが浮かぶ。
瞳を潤ませ、真っ赤にした顔と震える声を押し殺し、憎まれ口を叩き尊大に振る舞おうとする彼女の気遣いには鈍感な僕でも気が付いている。
圧倒的な力の差を前に文句の一つも言えない僕のために、彼女はわざわざか弱いヒトの女性に扮して僕を挑発し、怒らせ、本心を語りやすいように誘導している。
そう、ふと気付いたのだ。
彼ら、超常の存在だけがあの日僕の故郷が消えたことを苦しげに話す。
当の僕はというと、想像の埒外なのですっかり考えるのを止めて自分や自分と縁のあるぴにゃぴにゃの先行きばかり考えている。
この場にいるニンゲンはむしろ彼女らで、僕こそが怪物ではなかろうか。
現に、今日に至るまで涙は一滴も流していない。
「…貴方は、さかしすぎる。もっと愚かになりなさい」
ぴにゃぴにゃの刑確定後、貴方を転生させます。
俯いたままブレインが宣言し、その日の伝達は終了した。
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