第4話 僕と裁判
宇宙人たちの裁判内容は我々ヒトのドラマで見慣れたものとそう違いがなかったが、一点だけ特異な点があった。
AR(拡張現実)による被害者体験である。
天使の輪のような機材を頭から被り、仮想世界に意識を移して被害者の全てを偽りなく手加減なく体験するそうだ。
つまり、本件でじわじわと圧死した僕の恐怖と苦痛をわざわざ裁判官、書記、弁護人、検事、被告、傍聴人、全員が率先垂範して体験したのである。
何でも公平性を期するため、だとか。
痛みも恐怖も純度100%を体験することが、判断材料として不可欠、とかなんとか。
正気の沙汰とは思えない。
覚悟決まりすぎだろ。
彼らが装着した天使の輪が一際強く輝くと、そこから聞き覚えのある声が漏れて来る。
もう助からないとわかって上げたあの日の僕の断末魔だ。
法廷に鳴り響くそれに、少し身を固くする。
すると隣に座っていた傍聴人のもちゃもちゃが、頭部から生えた縦ロールのように渦巻く触手でそっと僕の耳を塞ぎ、抱き寄せてくれた。
少しだけ、くすぐったかった。
「被告人に懲役11年を求刑します」
検察宇宙人の宣言に対し、新米宇宙人ぴにゃぴにゃは無言で俯いていた。
「それでは、次回結審とします」
裁判長であるブレインと呼ばれる人工知能が検察、弁護人と次回日程調整をしているのを、僕は傍聴席側でぼんやりと聴いていた。
テレワーク裁判の一審が終了し、僕とぴにゃぴにゃは昼食を摂っていた。
「11年かぁ」
パンをもそもそと齧りながら、ぴにゃぴにゃが呟く。
彼らの寿命は無限とのことだったが、時間感覚は我々ヒトと大差ない。11年の量 刑はかなり重いと言えるだろう。
一月後の判決を迎えた後、控訴しなければぴにゃぴにゃは犯罪者を収容する宇宙船に引き渡される予定だ。
「…」
食卓の空気は重い。
裁判後から、ぴにゃぴにゃの僕への態度がどこか緊張している。
間違いなく被害者体験による影響だろう。
彼は求刑と、僕にした仕打ちを体験したことで混乱し、苦しんでいる。
僕としてもあの断末魔が耳朶から離れず、ぴにゃぴにゃをどう励ますべきかわからないでいた。
「お邪魔するよぉ」
そんな暗い食卓に、上司宇宙人もちゃもちゃが現れた。
彼はこの勾留期間中、この宇宙船を何度も訪れては差し入れや他の宇宙人からの言 付けなどをぴにゃぴにゃに施していた。
ぴにゃぴにゃだけではなく、僕にも保管されている故郷の文物のコピーを差し入れ たり、土産話を聞かせてくれる貴重なお客様だ。
共にテレワーク裁判を傍聴した後、所用のため自宅に帰った筈だが、どうやら蜻蛉 返りで面会に来てくれたらしい。
「もちゃさん…どうも」
普段と打って変わって力無く応じるぴにゃぴにゃに上司宇宙人は苦笑する。
「ぴにゃさん。11年、しっかり互いに連絡し合おう。君が出所するのを待っているよぉ。勤め先や家族のことは心配すんなぁ。さっき渡りをつけてきたから。体に気をつけて、やり直そう」
上司宇宙人も責任問題でかなり詰められている筈だが、一度たりともそういったことを彼は口にしなかった。
「もちゃさん…すみません」
震える声で謝るぴにゃぴにゃに上司宇宙人は首を振る。
「ワタクシは君の上司。何も謝るこたぁないよぉ。まぁ、謝るとしたら被害者の諸 多君と心配かけている君の家族、友人に謝りなさい」
おっとりとした口調で、上司宇宙人はぴにゃぴにゃの肩を励ますように叩く。
「ワタクシには幾らでも迷惑かけて良いよぉ。それにこうなっちまったのも、元をただせば今回の配置に文句をつけなかった上司であるワタクシの責任さぁ。謝るなら、寧ろこっちさねぇ」
ごめんね、と上司宇宙人が声を小さくしながらぴにゃぴにゃに謝る。
「違います!もちゃさんは何も悪くない!」
「…ありがとう。ならこれはお願いだけれど、ね。これからもずっと面会に行くか ら、立派にやっていってる姿を見せてくれると嬉しい。ご家族も安心して君を待てる よう、しっかりと日々を過ごして欲しい」
その言葉にぴにゃぴにゃははっとした様子で動きを止める。
ぴにゃぴにゃはここ最近の会話でずっと、「上司には合わせる顔がない、これ以上 迷惑をかける前に、みんなと縁を断つ」と決意を述べていた。
結局、自暴自棄になっていた新米の心中を全て察しているかのような上司宇宙人の温かな言葉、縁を続けたいという声に、絶縁の決意は優しく穏やかに切り捨てられてしまったようだ。
「ありがとう…ござ…いま…」
「うん…うん…」
身を震わせるぴにゃぴにゃの頭を優しく撫でながら、上司宇宙人は僕の方へと向き直った。
「午後からは、諸多君の今後についてブレインから伝達が行われる。ぴにゃさん。君もしっかりとその顛末を見届けるんだ。俯いてばかりじゃあ駄目だよぉ」
不安なのは君だけでは無いのだから、と。
ぴにゃぴにゃを励ます言葉からそのまま今度は僕を力付ける言葉へとシフトしながら、上司宇宙人は僕の頭もそっと撫でてくれるのだった。
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