第3話 僕と新米
結局、沙汰が降るまでは二週間と聞いていたが金色からの「もう少し精査したい」との要望で更に二週間が追加された。
今はその刻限前日、その夕餉時だった。
「今日はハンバーガーですよ!」
明るい声で食卓に皿を並べるのは新米宇宙人のぴにゃぴにゃだ。
彼は鼻歌?混じりに背中と腕から伸びる触手で器用に食卓の準備をしている。
最初は僕を轢き殺した罪悪感や、自業自得の厳罰予告にふさぎ込んでいた彼だが、一月近く二人きりでいればある程度は慣れてくる。
自分を殺した相手に慣れ親しむのもどうかと思うが、規格外すぎる癖にどうにもポンコツなこの宇宙人との会話は狭い宇宙船での娯楽のない勾留期間中、僕にとって一番の楽しみであった。
どうやらそれは彼も同じなようで、互いに身の上や文化について大いに語り合うのがここ最近の日課だ。
この日常会話でわかったことの一つが、彼ら宇宙人は基本的に水と光さえ肌に浴びれば活動できるということだった。
日光浴とシャワーが彼らにとっての主菜であり、パンなどの経口摂取は嗜好品(ヒトにとってのアルコールに近い)とのことだった。
つまるところ、彼らは経口による食事の必要が殆どない。
そのバカでかい口は飾りかよ。
しかしそうなるとあの日金色宇宙人が怒り狂った理由も見えてくる。
食べるという行為が生命維持にそれ程影響しない以上、彼らにとっての経口摂取は 我々ヒトの感覚より遥かに娯楽性を持ったお巫山戯、遊びに近い意味合いが含まれるのだろう。
この点を踏まえると、事故を起こしたぴにゃぴにゃは社用車運転中に得体の知れない酒を飲んだようなものなのでその印象はかなり悪いものになる。
しかしながら、その事実を前にしても轢殺された僕は加害者たるぴにゃぴにゃを憎めないでいた。
彼ら宇宙人は、原生生物である動物のみならずその生活形態や居住環境、文物に至るまで徹底的に敬意を払っている。
そんな生真面目な彼らが、我々を一方的に殺し尽くせと命じられて何を思うか、わからんでもない。
ぴにゃぴにゃ曰く、「パンでも食べて酔わなきゃ大量殺戮なんてできるかッ!!」
誠にその通りである。
「だいたいおかしいですよ!新米の私一人で惑星消去なんて!」
お手製のパンを齧りながら、ぴにゃぴにゃが愚痴を述べた。
肌の色が薄紫になり、ふらふらと体と触手をゆらしている。酩酊のサインだ。
彼らは穀物を摂取すると酔うそうで、勤務中はその摂取を厳に禁じられている。
しかし今は勾留期間中ということで、勤務には当たらないそうだ。何処からか差し 入れられた材料でパンを焼き、四六時中齧って酔っ払っている。それはそれでどうなんだ。
最近ではすっかりこのパン焼きが板について、お蔭で素面の彼と会話する機会が少ないほどだ。彼からお裾分けを何度もいただいているがなかなか美味い。もっぱら私 は食事を用意してもらう側であり、食卓においては彼の愚痴を聴くことが殆どだった。存外、悪くないひと時である。
「本当なら惑星消去なんて、もちゃさんクラスの中堅職員立ち会いのもと職員複数名で行うことなのに!」
彼の言い分はこうだ。
最近の業務負担率は常軌を逸している。
特に今回の業務に割かれた人員は明らかに不適切であり、不足していた。
起こるべくして起きたことであり、ブレインのミスが主で手足たる末端の執行人である自分の非のみで本事案を片付けるのは卑怯だ、とのこと。
「まぁまぁ。明日になれば沙汰も降りて肩の荷も降りますよ」
不安なのは分かるがそれは此方も同じである。
再生された身である自分は、故郷も肉体の連続性もとうに失っている。
最早手元にあるのは、金色宇宙人が発行してくれた「魂の連続性証明」と書かれた紙切れ一枚である。魂に紐付けした?とのことで、この紙切れは虚空から出し入れすることが出来る。最初は魔法のようで面白かったが、何の意味もないよね。
はっきり言ってこれ以上失う物など殆どないが、それでもブレインとやらから下される処分が僕の消去だったらと思うと夜しか眠れない。
訳もわからず生きて、訳もわからず死ぬならばまだ諦めもつくが、審理の上処分となるとその言い渡しや執行なども理性的に道理を尽くして行われるに違いない。
ここ暫くの付き合いで彼ら宇宙人が、非常に理知的な振る舞いをする一方でヒトとは桁外れに乖離した暴力装置であることを理解していた。
いきなり死ぬのと、これから殺しますでは恐怖の度合いは異なる。
同胞に殺されるのも恐ろしいが、自分より明らかに秀でた異形の怪物から事務的に処分されるのも恐ろしい。
まったく、当事者からしたらたまったものじゃない。保健所に収容された犬猫はこんな気分なのかも知れない。
そこの所を考えると、明日の沙汰は良くて里親募集、最悪殺処分だろうか。
「有情な処分」と金色は言っていたが、正直期待は出来ない。
僕はここ数日、あの日微睡のうちに溶けていった人々が羨ましくさえあった。
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