第2話 僕と過失
故郷が消え失せるまで五分もかからなかった。
僕はと言うと、宇宙船内にある一室に通されて寛いでいる。
身を預けている七色のクッションに沈み込み、ぼんやりと沙汰を待っていた。
「我々の法に触れる過失事故だったので、少々お待ちください」
彼らの惑星消去は原生生物が苦しまないよう極力配慮していて、万一想定外の事故が起きた場合は被害者に一定の補償をするのが規則だとか。
正直、良く分からん価値観だが貰えるもんは貰っとこう。ゆっくりと圧死するの滅茶苦茶辛かったし。
上司宇宙人によると今回の事故について責任者へ報告後、然るべき沙汰が降るとのことだった。
しかし、碌なことにはならんだろなぁ
半ば諦めの境地で天井を眺める。
なにせ相手は星を消すような宇宙人だ。
しかも我が故郷を消しにきたのは新米のぴにゃぴにゃたった一人。宇宙船も一機。
現在目の前でわちゃわちゃと対応してくれている上司のもちゃもちゃは今回の事故 を受けて急行してきた現場監督のようなもので「普段はぁ、他所の銀河を壊したり育てたりしています」などと宣っていた。
そんな規格外の相手がしどろもどろになりながら、お偉いさんに報告している様は何とも奇妙だ。
壁一面に映し出された通信画面には、眩い金色の海牛が一人。
テレワークを思い出すな、などと益体のないことを考えつつ僕は出されたお茶を口にした。
「もちゃさん、明日も仕事だろ?この件は俺が預かるから、家帰って寝なよ」
金色の海牛が、心配そうな声色で応答する。
「君、ええと被害者の諸多…紺さんで良いかな?初めまして。私はこの銀河群の監督者をやっとりますわちゃわちゃと言います。以降は、私が窓口となって対応させていただきます」
おたおたとしているもちゃ&ぴにゃと異なり、金色宇宙人は落ち着き払ったものだ。
…もうどうにでもしてくれ。
もちゃもちゃが帰宅し事故の詳細や新米宇宙人を交えての聞き取りが行われ、一区切りがついたのは昼過ぎだった。
「おま…いや、ぴにゃさん。執行前に現地の食べ物を摂取したのは間違いありませんね?」
「ひゃ、ひゃい!」
声を裏返しながら、新米宇宙人が答える。
事の発端は、昼食に提供されたパンだ。
食べなれたメーカーのパンで、袋まで全く同じ品だ。何でも滅ぼした星の文物を一部保管するのが彼ら宇宙人の慣わしだそうで、その保管品から特別にこのパンが提供されたのだ。
保管物を摂取するにあたり、かなりの量の署名と指印を要したため、その扱いが厳重であることは何となく僕にも伝わっていた。
そのパンを食べる僕を見て新米が「それ美味しいですよね!」と述べたのが始まりだった。
この発言を聞き、それまで落ち着いていた金色宇宙人が「何で現地の食いモンの味知ってんだテメェ!!」と怒鳴り散らしたのだ。
「あのなぁ、ぴにゃさん。現地の文物は無断使用、摂取及び所持厳禁ってのは、俺たちの原理原則だろ?しかも、パンて…そんなモン食ったら酔っ払って操舵どころじゃないだろうが」
「ぴゃい!すみません!この星のポピュラーな朝ご飯に憧れてて、操舵しながら食べちゃいました!」
「おお…もう…」
金色が頭のあたりを数えるのもバカバカしいほどの触手で包み込んで呻いている。
「き、勤務懈怠に、酩酊操舵、物品略取、黄泉竈食ひ…その上、原生生物への過失致死…」
ほ、他にもあれやこれや…あがががが、などと何やら解らぬことをぶつぶつと呟く金色は、今にも倒れそうな風情だ。
「紺さん、本当に申し訳ない。貴方の処遇は可能な限り貴方たちヒトの倫理観に沿った有情なものとなるよう取り計らいます。そしてぴにゃさん、君はかなり重い処分 が降ることを覚悟していなさい」
今のうちに実家や、友人に渡りをつけておくように、と念を押して金色宇宙人は通信を打ち切った。
「ぴゃぁ…」
あとに残るのはしょんぼりとした新米宇宙人と、面食らい続きでそろそろ眩暈がしてきた僕だけだった。
叱られた人との同席は気不味く、何なら自分を殺した相手なのでどう接すれば良いのかコミュ力に欠けた僕ではわからない。
しかし自分や同胞、住んでいた世界を消した相手ではあるが、僕は目の前でシクシクと頭頂部から涙?を流す新米に酷く同情的な気分になった。
それでもなんと口にすべきがわからなかった僕は、結局食べかけのパンにかぶりつくことにした。
ああ、飯が不味い。
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