第6話 最初の選択

 教会に戻ると中からドタバタとした足音や物を取り合うような騒ぎ声が聞こえてきた。ここには僕らを含めて12人の子供達と親代わりをしてくれているシスターがいて、好き勝手している子供たちの面倒を見てくれているのだ。



「ただいまー」

「ただいまー!」



 僕らが教会のドアを開けると悪ガキのリャンタが目の前に飛び出してきて、僕の姿を見て慌てて急停止した。



「あははっ! へーじ兄ちゃんずぶ濡れでスケスケだー!



 そして大笑いしながら他の子どもたちを呼びに教会の中へと戻っていき、それからすぐに皆が出迎えに来てくれた。子供達は、簡素ながらも清潔感のある服を着ており、シスターはと言うと服装は何故か振袖であり、薄い桜色の生地に白や赤、オレンジと言った牡丹の花柄が彩られている。髪色はプラチナで顔立ちは西洋風だが、その落ち着いた雰囲気が見事にマッチしている。



「二人ともおかえりなさい」

「ただいま。かーさん」


 僕らの無事な顔を見て安心したような安堵の表情を浮かべながら声をかけてくれたのはシスターであるセリアさん。産みの母ではないが、僕らが拾われた5歳からこれまで10年も共に生活している。セリアさんの性格なのだろう。身寄りのない子を見つけたら、教会に連れて帰り自分の子供の様に扱い、本当の親子のように接している。



「ごめん。今日は魚取れなかった」



 ヘージとしての記憶によると川で溺れたのは、魚を取ろうとしたからだった。しかし、巨大な肉食魚に水中に引き込まれ、逆に食べられそうになったところをサクラに助けてもらったのだ。サクラの力は、栄養や水分を対象としたモノから奪う事も出来る。ただし、ここも彼女がこれまで見守ってきた世界であるため自らの手による狩猟は出来ないようだった。



「そんなことより、さっさと服を脱いで暖炉へ行きなさい」



 セリアさんに促されて濡れた服から着替えてサクラと二人で暖をとっていると、シチューが出来て夕ご飯となった。具材がゴロゴロ入ったいつもより豪華なシチューに少しだけ疑問を抱きながらも食べ慣れたいつもの味に心も体も暖かくなる。



「「ごちそうさまでした」」

「ヘージもサクラも15歳なのよね。そっかー、そうよね」

「かーさん、どうしたの?」



 セリアさんが真剣な顔で僕らに話しかけてくる。今日は他の子どもたちと別で食事となったのにはわけがあるようで、嬉しい様な寂しい様な感じでセリアさんは話しだした。



「あなたたち、この国はでは15歳で成人なのは知っているわね」

「はい」「うん」

「なら私がいつも皆に言っている〝慈愛は循環し、新たな世界を作るであろう〟という言葉の意味もわかるわよね?」



 これまでに何度も聞いた。誰もを慈しみ、愛すれば世界の色は変わると。それは、かーさんの所属する教会の唯一の教え。昔、旅のシスター(振袖)が広めたものだ。



「私は、15歳の時に旅に出て貴方たちと出会い、二人を大人になるまで育てたの。だから次は貴方たちの番ね」

「それは僕らにも孤児を救う旅に出て欲しいと言うことですか?」

「いいえ、貴方たち兄妹が決める事ね。―――教会に所属するなら生活は保証します。けれど、早めに答えを出してちょうだい。自由を求めるなら……わかっているわね」

「わかった。明日には答えるよ。ご馳走様でした」



 食堂から出る時に見たセリアさんの寂しそうな表情が頭から離れない。状況を頭の中で整理しながら僕はサクラと共に自室へと向かった。記憶もある、意識もある、けれど恩もある。平次としての僕は教会に所属して孤児を救う旅に出るべきか、それともサクラと共に自由を求めての旅に出るべきか。



「目覚めて最初の選択にしては重過ぎるんだけど……」



 僕は溜息をつきながら部屋へと入っていった。

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