第2話 死後の世界に待つ少女
扉の中ではドライアイスの煙のようなものが足元から淡々と立ち昇り、視界もほとんど見通せないほど白い霧のような世界がそこには広がっていた。
「汝、山田平次としての人生は終わりました。」
状況が呑み込めず、ここが天国なら叫ばないほうが印象が良いのではないか? などと考え立ち尽くしていると、一人を照らすくらいの大きさでスポットライトが少し先の空間を輝かせる。光の中から清く澄んだ女性の声が降り注いだが、あいにくと煙が照らされるだけでシルエットすら見えない。
「汝は、あの世界で生み出すはずだった大事なモノを生み出せずに死んだのです」
こういう場で聞こえてくる声の主は女神様、そう古今東西で相場は決まっている。そんな女神様っぽい方がそこまで言うんだ。うん、僕って未来はすごい人になる予定だったようだ。なんとか賞やら、なんとか記録を持ってたりして歴史に名を刻む偉人になってたんだと思うと、―――あー! チヤホヤされた人生が待っていたと考えると死んでしまったのが惜しくなってきた!
「本来の汝は、まだ死ぬような年齢ではないはず。汝は、妾を楽しませるための空前絶後の大ヒットゲームを作り出した後に、謎を多く残して死ぬように設定した世界干渉型創作人間」
……なんかとんでもないこと言いだしてきたぞ? たしかに何かを作るのは凄く楽しかったけど、そんなまさかね。
「そう、汝は妾の作った最高傑作! なのに、それなのに! それに目覚める前に死んでしまうなんて、あぁ、なんと言う悲劇! 死んだお前じゃなくて私がね! あぁ、可哀想なワ・タ・シ♪」
なんだろう、コレ。誰か答えを下さい。
「死後の世界で待っていたのは、慈悲に満ちた女神様ではなく、ただのヤンデレ自己中だった件について」
「誰がヤンデレ自己中だ! 妾は女神じゃぞ! お主はなんて無礼なんじゃ!」
ぼそっと思ったことをそのまま無意識に呟いた瞬間、さっきまでのヤンデレ感とは打って変わり頑張って威厳を出そうとしているような必死な感じで怒ってきた。ついそのまま口に出てしまったのは多分、幽霊だからだろう。だからそれは僕の本心だと思う。―――それにしても本当に言葉使いがめちゃくちゃだな。と、そんなことよりもこいつには言わなければならないことがある。
「僕は、僕のやりたいように生きてきて、この世界中には、社会の歯車になる人しかいないんだって知って、その中での達成できそうな平穏な未来を夢見て実現できずに死んだ。もし、自由に生きられる世界があるなら歯車になりたくない! あのレールの上の人生があんたの目的のためなら、あんたは自己中だ。だから訂正はしない」
「そんなことないもん。たぶん。女神様はみんなこんなだよ? きっと。世界を作るって事は、普通は作られた側は自分が作られたなんて思わないでしょ? 悪いとは思ってるよ? けど、ここにはわたしだけなんだもん。嬉しいんだよ? 今、ここに君が来てくれて。お話しできて」
光は消え、煙は晴れた。目の前には、小学校低学年くらいの小さな女の子がいた。少しだけ、その目元には涙の粒が揺らいでいた。その子は、長い桜の様なピンク色も髪をしていたが、あまりの長さに地面に着いてしまっていた。真っ白な空間を地面と言うかは別としてぼんやりと顔には靄がかかって、表情はわからないが感情は伝わってくる。
思い通りにいかなかった〝喜び〟
思い通りにいかなかった〝怒り〟
思い通りにいかなかった〝哀しみ〟
そして、思い通りにいかなかった〝楽しさ〟
喜怒哀楽の全てを孕んだ感情が、僕へと押し寄せる。思い通りにいかなかった楽しさ? ふと、考える。彼女は、僕に何かまだ期待しているのだろうか。自分を楽しませるために創った人間が自分の思い通りに死ななかったのだ。―――目の前で女の子が泣いていたら期待に応えるのが男だろ。なぁ、山田平治! それに、この子が女神なら満足できる人生。自由な人生のやり直しを願ってもいいんじゃないか?
「まあ、死んだ以上はどうしようもないからもう言わないよ。けど、次は自由に生きさせてくれよな」
そう言って僕は、安心させるために少女に微笑んだ。顔にかかっていた霞は晴れ、幼く目尻に涙を浮かべた小さな女神がそこにいた。
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