勇者でさえ歯車の一部なら。

たっきゅん

第1話 死んだら幽霊

 僕は山田 平次やまだへいじという日本人だった。中学校を卒業まではごく普通の問題も起こさないような真面目くん―――、言い換えればパッとしない一般生徒として過ごした。しかし、義務教育も終わった後で流れに身を任せるままに高校へ進学した後、就職に向けて急に個性を求められた。



「今更なんだよな。やりたいことを仕事にできるやつなんて現実に何人もいるわけじゃないし、自分にできそうな仕事でいい会社へとは言っても採用してもらえるだけの学力かそれに代わる何かが必要だからな……」



 大学に進学するという選択は両親へこれ以上の負担をかけたくないものあるが、僕の学力では無理だと察して諦めた。そんなどう生きていくのが正解なのかわからないまま、自分の将来のことを考えなければならない時期の高校二年生だけれども、実感なんてなくてゲーム三昧の日々を送っていたはずだ。



「それがどうしてこうなった? てか、ちょっと透けてね?」

「おう、おめーさんも死んだのけぇ。わけぇのに可哀そうにのぅ」

「やっぱり僕って死んだ?」

「わしゃー、寿命で死んだけん。こうして同じように空におるいうんわ、おめーさんも死んだということやろ」



 過去形だったのは、既に僕の人生が終了したからである。死因なんて、ごく普通の交通事故で不運と言われればそれまでのものだが、とにかく僕は死んだ。高校二年生の悩みと一緒に死んだのだ。それを近くで空へと昇っていた同期幽霊の健冶さんが教えてくれたことで完璧に理解したのだ。



「将来のことに悩んでたけど、もういいか。どうせ死ぬまで会社にこき使われる人生になるのが目に見えているし。それにしても魂は空へ上るって言うけど本当なんだな」

「まぁ、会社にこき使われるなんて表現は確かに合ってるかもしれねーけどよぉ、それでもわしゃー楽しく生きてこれたけんのぅ。生きてさえいれば楽しいことも起こる。そう思って生きていくために働くのが人間ってやつじゃなかと」

「けど僕、もう死んでますから。―――幽霊っていう自由にもなれたんで」



 死んだはずなのに山田平次としての意識はあり、見知らぬ空を飛んでいた。ただし、意識体。つまりは、幽体離脱のような状態で幽霊を満喫していた。けれど健冶さんと話しているうちに少しだけ、自分の将来は死んでなければ楽しいこともあったのかななんて考えてしまう。これが後悔なのかと思いながらも体は上昇を続け、いつしか雲を下に見下ろせる位置まできていた。



「って、宇宙じゃない? 空の続き、───天?」

「そのようじゃな。わしゃー先に行くからのぅ。それじゃ、達者でのぅ。っと、死人にいう言葉じゃなきゃとか、ふぁっふぁっふぁ! !」



 健冶さんは魂に残っていた力も尽きたのかスゥーっと消えるように徐々に景色に溶けていった。僕は魂の状態で宇宙を目指していたはずなのに空の上には果てしない空が、天とも言えるような空間が続いていた。ここで魂が力尽きたら健冶さんのように消えるのかなと思いながらしばらく魂の状態で天を巡回していると、目の前にはいつの間にか見上げるほど大きな白銀の扉があった。



「これは? ⋯⋯あー、幽霊だし高さは関係ないか。どれどれ」



 ―――来世では楽しく。健冶さんのそんな言葉が耳に残り、今、幽霊のこの時も楽しんでみるかという気持ちで縦横無尽に飛び回り扉を調べてみる。穢れなど知らないようなその扉には天使の意匠が施されており、重厚な扉だがまるで平次を迎えるかのように誰の手も借りずに自然と開いていく。



「なんだこのすげー扉は……。そうか、ここが天ならこの先は天国か」



 スケールが大きすぎる出来事が起こるとそんな呑気な気分になるらしい。それにしても語彙力……。高校二年生ってレベルじゃねーぞ、僕。なんだよ、天にあるから天国とか……。言ってから恥ずかしくて死にそうになっていようが関係ない様にオレの体、というか魂は吸い寄せられるように厳かな扉の中へと消えていった。

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