第20話 助手として

 真は近くの河川敷を訪れた。ここであかねの手掛かりがあればいいのだが。

 今日も寒い。昨日からの寒波の影響で、停滞前線がやってくる。雨か雪かどちらかが昼から振る予報である。こんな中で、あかねはきっと暖を取っていないであろう。


 真は黒い手袋をはめた。最近助手という気持ちに芽生えてきた。これまで三つの事件を解決したのだ。あかねもトレンチコートを着ているし、自分もそれなりに黒のダッフルコートを着ている。少々値段を張った。

 全身黒ずくめではないが、黒い服の方が格好いい。真は最近そのことに気づいてから、黒い衣類を好むようになった。


 雲空も黒を帯びていた。今日は天気が下降するので、散歩している人は少ない。ただ、近い時期にマラソン大会があるようで、ジョギングをしているジャージ姿の人たちが互いに通り過ぎて走っていく。


 ……ホームレスといったら橋の下だよな。

 真はホームレスたちの過去を知りたかった。それをコラムに書くことも悪くないよなと一人考え込みながら、張っていたおんぼろの青いテントに近づいた。

 そこには前歯がない男の老人が出てきた。


「何じゃ?」老人は真が明らかにこちらに迫ってきているのを察知して、身構えるように言った。

「あの、すみません。昨日若くて背の低い女性が話しかけてきませんでしたか?」

「女性……。ああ、中学生くらいの可愛い女の子なら話しかけて来たわい」

 中学生くらい……。あかねは身長が百五十センチほどなので、中学生だと思われても仕方がない。


「その女性は、自分で中学生といったんですか?」

「いや、わしの勝手な想像じゃ」


「その女性は探偵とか言いませんでした?」

「いや、そんなことは無かったな。でも、いろんな人に聞いてたから、もしかしたら、“ボス”に会いに行ったのかもしれない」

「“ボス”?」

「ああ、ここの周辺のホームレスの“ボス”に当たる人じゃ。みんなここら辺に住むのなら、挨拶は必須じゃ。向かいのあの橋の下にいる」

 老人は指を差した。真は「ありがとうございました」と、丁寧にお辞儀をした。


 寒さに強くない真は小走りになりながら、五分くらいでその“ボス”がいる橋の下まで行った。

 すると、そこには上半身裸になりながら、タオルを使い乾布摩擦を行っているのを見て、思わず笑ってしまいそうになった。

 乾布摩擦を行っている男性の老人は真を見た。


「何じゃお主?」怪訝な顔つきを見せる。

「すみません。つい、笑ってしまって」

 すると、老人は目を見開いた。「お主、笑ってたのか。まあ、襲いに来たんじゃないのならいいわい。わしらは病院に行くことは出来ないから、各自で身体を鍛えるしかないんじゃ」


「”ボス“という方がいると聞いて、ここに来たんですが……」

「わしが、“ボス”じゃ」そういって老人は自分に指を差した。先程のホームレスに比べれば歯並びもキレイだし、白髪のアフロと、骨と皮しかないのではないかと思うくらい、ガリガリに痩せた体型ではなかったら、ホームレスとは思わなかったかもしれない。


「あなたが……。昨日、探偵の女性を見ませんでしたか?」

「見たぞい。背の小さい女性じゃろ」

「見たんですか。どちらに行かれました?」

「わしは早く帰れと言ったんじゃが。その彼女を何故に探してるんじゃ?」


「あかねさんが昨日から失踪した後、誰かに誘拐されてるんです。その彼女を探してるんです」

「誘拐?」“ボス”は目を疑った。

「はい、誘拐です。先程あかねさんの妹と犯人は電話でやり取りをしました。もちろん警察は逆探知を成功したようで、後は通信回線を解読すれば、少なくとも使用していた電話がどこの場所で発信したのか分かるようです」


「それじゃあ、その通信回線が分かれば済む話なんじゃ?」

「でも、あくまであかねさんのスマホから掛けてきたので、そのスマホをその場に置いて、どこかに逃走でもすれば、通信回線が分かったところで、結局意味が無いんです」


 “ボス”は顎に手を置いた。「むむ、お主が言ってることはよくわかる。しかし、わしが知ってるのは、帰る姿が最後じゃけどな」

「どちらに歩いていきました?」

「あっちじゃ」“ボス”は指を差した。そちらは飲食店や風俗店があり、ラブホテルが立ち並ぶ。昼間はあまり人気が無い場所だった。


……あっちだと、あかねさんが帰る家の駅から遠くなるが、何しに行ったのだろうか?

「分かりました。ありがとうございます」

「気を付けるんじゃ。最近物騒な事件ばっかり起きるからのう」

「はい、ありがとうございます」

 真はまた小走りになりながら、その場を後にした。

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