第19話 渾身のメッセージ

「おい、逆探知」

 名倉が伊藤に言うと、「はい」と伊藤はテキパキとピーフォンをいじりながら耳に当てる。

「いいね。一秒でも長く話すんだ。とにかく居場所を突き止めるまで時間が必要だ」

 名倉がつむぎに言うと、彼女は強く頷いた。

 つむぎは通話に応じて、すぐにスピーカーに切り替えた。

「もしもし」つむぎは言う。


「……金はどうなった?」相手の声が聞こえた。ヘリウムガスで声を変えていて、男性か女性かも分からない。

「今、用意してます」

 すると、相手は考えているのか、時間を要しながら言った。「昨日、明後日までだといったが、今日の夕方に変更になった。十七時に沖田公園で受け取る。何度もいうが一億だ」


「一億……」

 つむぎはどうしたらいいのか、名倉の方を見上げた。名倉は頷く。

「分かりました。お姉ちゃんは無事でしょうか?」

「ハハハ、大丈夫だ。生存はしてる」


「お姉ちゃんの声を聞かせてください」

「そいつは無理だ。こいつが喋ると変なことを言うに違いない。ところで、警察には、連絡はしてないだろうな」

「……してませんし、言ってません」

「分かった。では約束の時間になったら、また電話をする」


「つむぎ、十六の十」急にあかねの声が聞こえた。

「え、お姉ちゃん?」

「バカ、お前らちゃんとテープで固定しろ」

 そこで、ブチッと通話が切れた。ツーツーと回線がつながっていない音が聞こえた。


 つむぎがこちらの電話を切ったら、「よし、よくやったぞ」と、名倉は拍手をした。

「ありがとうございます」つむぎは肩を落とし、名倉に対して笑顔になった。「これで、犯人の居場所が掴められるんですね」

「ああ、もちろんだとも。いくらヘリウムガスで誤魔化したとしても、こっちは逆探知をしていることまでは予想してなかったみたいだな。よし、早速通信会社に連絡して、居場所を捜査してみよう」

「そうっすね。これで大丈夫だよ。つむぎちゃん」

 伊藤はつむぎに向かってウインクをして、親指を立てた。


 ホッと胸を撫でおろしたつむぎは、思わず背にもたれて、息を整えていた。

 真はその光景を見て、先程のやり取りを推理していた。

 何故、犯人は声をわざわざ変えていたのだろう。昨日、つむぎが言うには男だということが分かっていたはずだ。

 そして、もう一つ不自然なことがある。あかねの声を聞かせたくないのに関わらず、あかねの声を聞かせられる状態にした。


 これは犯人のミスなのか? いや、犯人はお前らと言っていた。少なくとも犯人は、三人はいると考えられる。

 つまり、あかねをテープなどで口元を塞ぐことは簡単なはずだ。

 それをわざと外している。


 多分手足は何らかの形で動けない状態だと推測する。もし動ける状態だったら、強気なあかねは犯人たちに対して容赦ないはずだ。

 そして、あかねが最期に告げた言葉、


 『十六の十』


 これは何か自分の居場所を言ったに違いない。

 真は事務所の中全員が談笑している中、一人であかねを探してみようと思いついた。

確かに、逆探知を割り出せば、そこで居場所は突き止められるのかもしれない。しかし、もし犯人たちが、警察を疑っているのだとしたら……。もし、犯人たちが探偵事務所に警察がいることを想定して話をしていたら……。

犯人たちはあかねと一緒に別の場所に移動するはずだ!


真は昨日あかねが捜査した場所を辿ろうとした。早速伊藤に聞こうと彼の横に近づいた。

しかし、伊藤は真の存在を知っているはずなのに、相変わらずつむぎと話をしている。無類の女好きなのだろう。真は話しかけづらい伊藤に多少苛立ちを隠しつつ、ロボットのように話した。


「伊藤さん。すみません。唐突にお聞きしたいことがあるんですが、昨日あかねさんと封筒を探していた場所ってどこですか?」

「え? 探してた場所。ああ、ここから三十分ほどの繁華街だよ。あの子のことだから、もっとくまなく探してくれると期待してたんだけどね」

「くまなく探したから行方不明になったんじゃないんですか?」

「さあね」伊藤は腕組みをしてようやく真と向かい合った。「どこかしらずっとイラついてたし、オレからするとあんまり探偵って感じには見えなかったけどね」



 ……確かに探偵っぽいイメージではない。真が知っている探偵像は思慮深く、行動よりも思考を張り巡らせていて、理性が伴っている人物だ。しかし、あかねは違って、考えるよりも行動することが彼女のモットーといっても過言ではない。それくらい、あかねは自由奔放だった。

 しかし、この伊藤竜也はどこかあかねを見下している。確かに、名倉からあかねの腕前を知りたいということから始まったこの計画。伊藤があかねの性格や才能を事細かくチェックしていたことは刑事として判断力があるはずだ。


 だが、真はあかねの長所も短所も理解しているし、そんなあかねを尊敬している。

 言いたいことばかり言いやがって。お前がこんなことをするから、あかねがどこかに行ったんだ。と言ってやりたかったが、真は「分かりました。繁華街ですね」と冷静に喋った。

「ああ、後彼女にはホームレスが盗ったんじゃないかということも言ったな」そう言って、伊藤は頭の後ろで腕を組んだ。


「ホームレス? 分かりました」

 真は事務所を後にした。

「おい、真君。どこに……」菅は慌てて後を付けようとするが、伊藤が言った。

「まあ、探偵ごっこは好きにさせてあげた方がいいですよ。それよりも、逆探知が判明しだい、奴らの居場所に乗り込みましょう」


「ああ、そうだな……」

 菅は押し黙った。何故なら、この伊藤という人物は、上層部からどういうわけか、大層気に入られている。決して仕事熱心というわけではない。ただ、上司の懐に入るのが上手いのだ。その為、何かを成し遂げたら、称賛されるわけだし、上司が見ていないものにはサボり癖のある人物でもある。


 菅は真の後を付けようか迷ったが、名倉警視もいることだしという理由でここにとどまっていた。

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