第12話 想いにふけるあかね

 あかねは“ボス”が早く帰った方がいいと言っていたが、久しぶりの繁華街だったので、夜道をうろついていた。

 この時間になると、ビルの建物などからいろんなネオンの色が鮮やかに煌めいてくる。このネオンの色があかねは何だか、かつての自分の居場所を見つけた気がした。


 二十一歳のあかねは、高校時代の時は不良だった。とはいえ、別に群れを成していたわけではない。妹のつむぎとは本当の姉妹ではないし、両親が誰か分からない。施設にずっといるのも嫌だった。

 一人になりたかった、かつてのあかねは、暗い場所ではなくて、明るいこの繁華街をたむろしていた。


 もちろん非行に走っているのは自分自身でも分かっていたので、高校の制服ではなく、私服でうろついていた。メイクもして、大人っぽく見せて、一人でジーンズにポケットに手を突っ込みながら、街を歩いていたのだ。

 近くでバイトもしていたので、その帰りに、いろんなところに行った。


 ゲームセンター、カラオケ、パチンコ……。ただ、この繁華街では、どちらかというと、風俗店やホストクラブが立ち並ぶ場所でもあったが、あかねには全く興味が無かった。

 金持ちの男とともに寝る……。そんな魂胆がなかった。寧ろそんなことをする女性は負け犬だとも思っていた。


 実際にナンパしてくる男もいた。二十歳くらいの人間もいれば、五十くらいの良くわからないサラリーマン風の男性。風俗店で働かないかといってくるスカウトもいた。

 その不潔そうな顔に対して顔面に唾を吐いてやろうか、とも思っていたくらいだった。

 その時だった、菅刑事に尋問されたのは。

 今は、事件に追われてあかねの探偵事務所に訪問する菅栄一だが、初対面の時、あかねは気難しい刑事だなと思っていた。


「おい、君。未成年だよね」

 そう後ろから突然の如くいわれて、あかねは徐に振り向くと、そこにはトレンチコートを着た中年の、顔が小さく痩せ型だったので、スマートな男性だった。

 その隣にいたのは巡回中の警察だった。丸メガネを掛けて、年齢は四十くらい。出っ歯なところが少し気さくさを感じた。巡回の警察官は使っている自転車を押していた。


「……だから?」

 あかねは不貞腐れた感じを出した。この面倒くさい大人たちに対してこういった態度を取っていたら、相手は怖気づくはずだ。学校で先生とのやり取りの経験から、あかねはそんなことを覚えた。

「だからじゃない。未成年は夜の十一時以降に勝手に外出すると青少年健全育成条例違反になるんだ」


「何それ? 面倒くさそう」

 ぼやきながらあかねは側溝に唾を吐き捨てた。

「君は安易な気持ちでいるのかもしれないけど、君の両親が迷惑するんだ」

「ふーん、別に、あたし両親いないし」

「いなかったら尚更だ。署まで同行願うよ」

「それって何、命令?」

「命令というか義務だ。保護者の方がいないというのか? 家出かい?」菅は優しく諭した。

「施設で暮らしてんだよ。いちいちうるせえな」


 あかねは自分が施設に住んでいることに昔から異様にコンプレックスがあった。学校ではイジメもあるし、幸せな親子を見ていると、羨ましい半分、憎い気持ちもあった。

 それが潜在意識の中で押し殺していたので、あかねはそれがいつ爆発しても可笑しくなかった。


「それなら、施設の人に来てもらわなくちゃいけないな。身分証明書はあるかい?」

「そんなんないよ」

「じゃあ、君の携帯を貸してくれないか?」そういったのは、巡回の警察だった。

「うるせえな。貸すわけないだろう」

 あかねは更なる心の中からの煩わしさを見せた。牙を向けられた巡回の警察は思わずたじろぐ。


 菅は彼にいった。「増田さん。あなたは巡回の方に当たってくれ。オレはこの子を説得するから」

「分かりました」増田は慌てて自転車にまたがってこいだ。人通りが多い中で、そんなに急いだら事故してしまうのではないかと、小心者の増田を半ば菅は心配していた。


 菅はしばらく彼を見送った後、あかねの方に目を向いた。

「君は、ここで何をしていたんだ?」

 それから、菅は色々とあかねが何をしてこの繁華街を歩いているのか、趣味や姉妹などを色々聞いてきた。

 あかねは、しばらくは牙をむいて菅を睨みつけていたのだが、いつしか心を開くようになった。


 何故なら、ここまで自分に対して興味がある人は初めてだったからだ。施設職員もあかねに対してはお手上げだった。感情に任せて皿などを割って壊したり、金属バットで振り回したり、職員の前で平気でタバコを吸ったりして、迷惑を掛けっぱなしだった。

 ただ、あかねは菅の前でもタバコを吸ったのだが、彼は言った。

「君は後二年も我慢したら、タバコに関しては吸える権利があるんだ。後二年だぞ。だから、今は我慢しないといけないな」


 あかねは躊躇しながら、仕方なくタバコをもみ消した。菅に言われても反抗したくはなる。だけどあかねにはそれが心地よくて、いつの間にか菅の手玉に取られた気分だった。

 後で知ったのだが、菅は刑事課の前に生活安全課にいたらしく、そこで十数年いろんな青少年を相手にしていたので、あかねにも慣れていたのだろう。


 あかねとはそれから半年くらい、施設に訪れては様子を見に来て会話を共にした。その時は妹のつむぎも混ぜて三人で話をしたこともあった。

 何故、菅がそこまで笹井姉妹に興味があったのかは、あかねは理解しがたいが、親身になってくれる人がいて、あかねはようやく更生をしようと決意したのだ。

 ……そんなことも、あったよな。

 と、今日のあかねは、思い出しては薄み笑いを浮かべた。


「よお、姉ちゃん。一人?」

 と、聞かれた瞬間、一気に我に返った。ナンパの男だ。二人がかりであかねの行く先を止めようとする。

「うるせえ」

 あかねは前にいた男の股間を思い切り蹴った。


「うっ」慌てて男は内股になり股間を抑える。額からは冷や汗が出てきて、かなりの激痛に堪えているのが分かる。

 あかねは立ち止まることもなく、そのまま男を背に歩いていった。近くにいた人たちはみんな男とあかねを凝視する。

 ……ふん、いい気味。

 あかねは右口角だけ上げ、引きつった笑いを見せた。


 喉が渇いたし、お腹もすいた。そういえば晩御飯も食べていないから、つむぎから電話が掛かってきても可笑しくはない。あかねは自分のスマートフォンを見た。しかし、そこにはまだ、彼女からの連絡は来ていない。

 ……もしかしたら、捜査が難航していると思って、敢えて、連絡してこないか。それか、連絡するのも面倒なのか……。


 まあ、いいや。お菓子とジュースを買って、食べながら家に帰ろう。

 そう決意して、あかねはコンビニに入った。コンビニの電灯が眩しく、目が可笑しくなりそうだ。

 お菓子が置いてある陳列の棚を見ていたあかねだが、そこに、見るからに怪しいサングラスの男二人が、黒いスーツを着ていた。

 何なんだこの人たち……。


 背丈はあかねよりも高い。年齢はあかねよりもちょっと年上の二十代くらいだろうか。二人ともどこかよそよそしい。

 それに、コンビニのカゴの中に食べ物、飲み物、お菓子だけでなく、靴下などの日用品もかごの中に入っている。


 あかねはスナック菓子と、炭酸飲料を手に取ってレジへ向かおうとしたのだが、先にその二人組がカゴをレジのカウンターに置いて精算してもらっている。

 ……あれだけ買ったら、次まで待つの長いじゃんか。

 あかねは痺れを切らすように、貧乏ゆすりをした。


 三分ほど経ってようやく、合計金額が表示された。一人の男がクレジットカードを店員に差し出し、店員は何のためらいもなくカードを通す。

 ……また、精算にカードって……。

 何をしても怪しい二人組に対して、苛立ちと興味があかねには渦巻いていた。

 よし、後を付けてみよう。


 彼らの精算が終わったら、すぐにあかねは店員に品物を差し出す。

「えっと、お会計が三百六十二円になります」

 そう、大学生のバイトの男性は慣れない手つきでいうと、あかねは五百円玉を渡した。

「お釣りはいいよ」

「え?」店員は聞き返す。

「あんたのバイト代に取っときな」

 そう言い残して、目線は先程の二人だけに集中していたあかねだった。

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