第11話 屋台のおでん

 真と満田は町内会の町長の人の自宅に訪問し、幸恵が行方不明なのと、昨日の彼女の足取りを聞いたのだが、分からないと言われた。

 その後、幸恵が利用するスーパーマーケットに行ったのだが、そこでも手掛かりがつかめずに、途方に暮れていた。


 もう、夜八時になる。辺りは暗くなってきた。今日、何も手掛かりがつかめずに苛立ちを覚えている真に対して、満田はそれほど切羽詰まっていないのか、落ち着かないように周りをうろついている。

 ……さっきまでは、幸恵、幸恵、って慌てふためいていたのに、本当に心配しているのだろうか。


 真は半分満田を疑っていたのだが、満田はスーパーマーケットを出ると、ある場所に目を留めていた。

 そこには屋台のおでん屋だった。こんな住宅街の中でやっているのが珍しいのか、真は聞いた。


「何かおでん屋さんに、幸恵さんと関係があるんですかね?」

 すると、満田はううんと首を横に振った。

「いやー、何かお腹が空いてな。晩御飯も食べてないし、一人で食べるのも嫌やし……。どうや、一杯?」

 そう、満田は嬉しそうにおでん屋を指差しながら、真を見る。

 真は、まあ、この状況だし、満田が元気になってくれたらいいかと思い、

「分かりました。行きましょう」といった。


                


 真は、会社の飲み会など、そういった場所ではお酒をたしなむ程度で飲むのだが、普段は飲まない。その為、酒はもっぱら弱い。

 しかし、この会社では唯一体育会系だった池田が、もういなくなったことで、無理やり進められることもなくなった。その為、今は生ビールのジョッキ一杯分を飲むくらいだった。


 以前は池田にお酒を勧められ、日本酒や白ワインなどを飲まされて、べろべろになって、電車のプラットホームで吐き気を催し、その場で食べたものも全て戻したことがあったが、今はそんなことは無い。

 真にとっては、そういった無理矢理飲まされるのが好きではなかったので、先輩の池田がいなくなったことには、ある意味良かったのだが……。

 しかし、あの洋館地下監禁事件(詳しくは第一章を見てね)で、池田が巻き込まれるとは思わなかった。


 そう、生ビールのジョッキを片手に想いに更けていると、横で満田が言った。

「飯野、どうしたんや。幸恵のことを考えてくれてるんか?」

 そう問われて、ふと我に返った。

「あ、いや、まあ、そうですね。今日何も成果を上げられなかったなって……」

「こんな時は、パッと今を楽しむことや」


 満田はぐつぐつ煮込んでいるおでんに目を輝かせて、ちくわ、大根、たまごなどいろんな具材を小皿一杯にして、小皿をカウンターに置いた。

「ほら、飯野も遠慮せんと食べや。若いんやから、たくさん食べ」

 そう促す満田に、真も、「すみません、いただきます」と、小皿を持って、箸で具材を小皿に入れる。


「満田さん、今日はお連れさんを連れて来たんですか?」

 そういうのは。おでん屋台の大将だった。六十くらいだろうか。満田よりも年上で顔中に皺があるが、どこか活気はあった。ただどちらも頭は禿げていた。

「せやねん。わしの部下や。将来有望な奴なんやで」満田は真の肩を叩く。

「そんな、大袈裟ですよ」と、真。


「大袈裟やない。幾度も事件を解決してるやないか。大したもんや」

「まあ、アレはあかねさんがほとんど自力で解決してるわけで……」

 真は具材が入った小皿を自分の前に置くと、恥ずかしそうに生ビールを飲んだ。


「せやけどな、それを雑誌の記事にして、売り上げが良くなったのは飯野のお陰やで。わしは大学卒業後にライターとして入社したんや。別に物書きが好きやったわけやない。ただ、雑誌の記事に、ライター募集の広告を見て応募したのがきっかけで、その時、丁度新卒採用もそこの会社がやっててな。そっからライターになったんや」

「へえ、元々物書きを趣味でされてなかったんですか?」


「まあな。でも、面接でハッタリを利かせて入社したんや。まあ、ライターやったら手に職が出来るからいいかなって、単純な考えで入ったんや。その時はオカルト記事を書くことなんてなかったんやけどな」

「何を書いてたんですか?」真は大根を口に入れて頬張って食べた。

「過激なグラビアアイドルが表紙を飾ってる男性向けの雑誌やな。そこの芸能ニュースの記事を書くことになってな。最初は書くことが楽しかったんやけど、その頃は、深夜まで仕事するのが当たり前やったから、必死で残業して、終電逃して、そこの会社で寝泊まりしてな。

 そうしてるうちに、知らず知らずに身体にダメージが来てもうてな、ある日、突然わしは何を一生懸命やってるんやろうって思い始めてな。その時はもう、うつ状態に陥ってしまったんや。そこで、一旦人生をやり直そうと会社を辞めたんや」


「そんな過去があったんですか?」真は、今度はちくわに息吹きかけて、冷まして頬張った。

「まあ、わしも人間やからな。病むときは病むわ。でも、その時に、うちのかみさんと結婚したんや」

「へえ、奥さんとはどこで知り合ったんですか?」

「お見合いパーティーみたいなもんがあって、そこで知り合ったんや。幸恵も三十五やったし、わしもそん時は四十手前やった。それで、会話したらお互いの条件がほとんど一緒やったから、トントンと話が進んだ」

 そういって、満田は手にしていた熱燗の猪口を飲み干す。


「その時は、無職だったんですか?」

「いや、一応仕事はしとったな。フリーのライターやったから、収入はゼロに近かったけど、そんなこと当時の幸恵に言ったら、絶対に結婚できへんから、ウソついた」

「年収を誤魔化したということですか?」


「そうやな」満田は熱燗を猪口に入れた、「でも、結婚となったら収入も安定しないと暮らされへんから、オカルト雑誌に入社したんや」

「どうして、そこまでして結婚にこだわったんですか?」


「ウチの親が昔から結婚の話をしてたんや。わしは兄貴がいるんやが、兄貴は二十五で結婚したけど、わしは貰い手がおらんくてな。毎年実家に帰るたんびに言われてたんや。

 でも、幸恵と最初に会った時は、何というか、別に特にべっぴんさんでもないし、ブサイクでもないんやけど、何となくこの女性といたいなって思うてな。それから話をしたら、やっぱり、いい女性やって思ったわけや」

 満田は自分でいって恥ずかしくなり、猪口に入ってある日本酒を強引に一気飲みした。


「へえ、運命みたいなもんですね」

「そや、運命なんやな。お前さんもあの姉ちゃんといつ結婚するんや?」

「え?」真は固まった。「誰ですか?」

「誰って、今日おった探偵の女の子や。付きおうてるんとちゃうんかいな」

「そんな、僕はあかねさんとは付き合ってないですよ」

 真は慌てて手を横に振った。


「何や、まだ付きおうてないんか。しかし、飯野はああいう気の強い女の子が似おうとるけどな」

「どう……でしょうかね……」

 真はジョッキが入ったビールを飲み干した。満田が余計なことをいうので、ピッチが早くなっていた。思わずゲップをして、口の中に苦い味がした。

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