第8話 面倒くさそうな依頼者
「本当にこの辺ですか?」
あかねは繁華街の一角にある人通りが多い場所まで行くと、駐車場に止まってある車の下を見たり、開店前の店のシャッターの前を見たりと、当てもなく茶封筒を探していた。
「ああ、そうだ。丁度角を曲がった時に自動販売機があって、そこでホットの缶コーヒーを買って休憩してた時はまだあったんだ」
そう言って、伊藤は自動販売機の方を、指を差す。
「それで、なくなったと気づいたのはどうして分かったんですか?」
「その後、タバコを買いにコンビニに行ったんだ。そこでないと気づいた」
あかねは両手を広げてお手上げのポーズを取った。「ということは、コンビニに落としたということも考えられますよね」
「ああ、可能性はないとは言い切れない」
あかねは周りを見渡した。居酒屋が多い場所ではあるが、老舗の洋服店など昼前から賑やかでいる。また、大きなビルも複数あり、そこで稼業をしている会社員たちも、何らかの形でこの場所を利用している。
「こんだけ、行きかう人がいるんだから、もうとっくに盗まれてる可能性は高いですね」
「そんなことをいうなよ。探してくれよ」
「自分のポケットに入ってるんじゃないですか? ちょっと失礼」
あかねは伊藤のジャケットの胸にある内ポケットに無理矢理手を突っ込んだ。
「おい、何をするんだ」
しかし、出てきたのはタバコとライターだけだった。
「やっぱりないですね。ズボンのポケットも探したんですか?」
「探したさ。オレの財布とスマホしかない」
「じゃあ、そのカバンの中は?」
「このカバンの中は、オレの仕事用具のノートパソコンだ! これを無くしたら本当にマズいことになる」
「一応中身を拝見させていただきます」
「オレがいうんだから、間違いないだろう!」
伊藤は無理押しなあかねに対して、苛立って中々カバンをあかねに渡さない。
「怪しいですね。貸してください、見るだけなんだから」
と、半ば強引に奪って、あかねはカバンのチャックを開けて中身を確認した。
中身はやはりノートパソコンとアダプターやUSBメモリなどパソコンに関連するものと、書類が入っていた。
「返せよ。内部事情だぞ」伊藤は慌ててカバンを奪い返し、頭から湯気が出ているのではと思うくらい、ご立腹だった。
「失礼しました」
「ったく、オレが持ってるわけがないだろう。とにかく探してくれ」
「さっきも仰ったように、自動販売機から、コンビニまでの距離ですね。コンビニはどこですか?」
「ここからそんなに遠くない。五分くらいかな」
そう言って、伊藤は親切に自分のスマートフォンで地図アプリを使って、コンビニの場所をあかねに見せる。
「ありがとうございます。その場所ですね」
それから、あかねは自動販売機からコンビニまでの道筋をたどる。辺りを見回している。自動販売機の横に置いてある、ペットボトル入れのゴミ箱をあさり、アパートの狭い通路をくまなく探すのだが、それらしきものが見つからなかった。
やはり、盗まれたのではないのか。あかねはそう判断し、丁度コンビニの近くに交番があった。
「どうやら、盗まれてる可能性が高いです。近くに交番があるので、交番で紛失届を出されたほうがいいと思いますが……」
「それだったら、君に頼む理由が無いだろう」
「……ですが、探してくれるのは一人でも多い方がいいと思います。それが例え、会社に知れ渡ることになったとしても……。それか、お金を諦めるか……」
身長百八十センチ以上ある伊藤は、あかねを見下ろすように腕組みをして考えた。百五十三センチのあかねとはかなりの差がある。
「分かった。仕方がない」
そう言い残して、彼は交番の方に大股で歩いていった。あかねもそれに続いて小走りで着いていく。
幸い交番の中には、椅子に座ってノートパソコンを打っている警察官がいた。
「どうしましょう。あたしが説明するよりも、伊藤さんが説明した方がすんなりいくとは思いますけど……」
「ああ、君は外で待ってくれないか?」
「はい、かしこまりました」
伊藤は強引にガラスのドアを引く。表情には現れていないが、かなり煩わしい気持ちでいるのだろうとあかねは痛感していた。
伊藤は、眉毛は太く、鼻は高いハンサムな男だ。左薬指に指輪をしていないから、結婚していないだろう。
でも、どちらだとしても、あかねは伊藤が格好いいとは思っていても、好きになることは無かった。
この大男に上から目線で怒鳴られたら、衝突になる。
……本当に、こういう男は。
あかねは考えるたびに機嫌が悪くなって、不意に右足のつま先を立てて貧乏ゆすりを初めた。それほど紛失の届け出は時間が掛かっていた。
しかし、寒い。十二月の半ばだ。飲料メーカーのトラックが駐車場に停めて、台車で飲料水が入った段ボールを自動販売機の中の飲料水を補充している。冬は飲み物が消費する率は少ないだろうが、どこもかしこも忙しい時期である。
あかねは防寒着のジャケットを羽織っていたのだが、寒いのは苦手だ。今度は身体を揺らして体温を保とうとする。
それにしても、真の方は上手く行っているのだろうか。助手と言っているが、彼が本当に一人で捜査しているところを見たことが無かった。
――まあ、何とかなるでしょ。依頼主が上司だし……。
あかねは遠くを見つめながら、楽観的にとらえていた。
と、そこで、ようやく伊藤が交番から出てきた。
「どうでした?」あかねは平然とした態度で聞く。
「長いんだよ、遺失届の手続き」伊藤は自分の腕時計を見た。革のベルトだが、どこか高額な感じがした。「もうこんな時間じゃねえか。後はよろしく」
「ちょっと待ってください。再度いいますけど、もしご自身の封筒が見つからない可能性は十分ありますんで、それとご連絡できる番号は……」
「ああ」
伊藤はあかねにスマートフォンの電話番号を教えた。
「まあ、封筒が出てこない可能性もあるわな。それにホームレスが持って行ったって可能性もあるだろう」
この場所はあかねも良く知っている。十代の頃に良く歩いていた場所でもあるのだ。治安が悪く、早朝はそうなのだが、この時間になっても浮浪者が空き缶を探しているのをよく見かける。
「ホームレスの方が持って行ったという可能性は無いことは少ないですが、その中身を見たら誰もが懐に入れると思うので、結局どの方も該当はします」
「まあ、お姉ちゃん。頼むよ。オレも次の仕事があるんだから。よろしく」
そう言い残して、伊藤は腕時計を見ながら走り去った。
残されたあかねはどうしたものかと考えた。伊藤は確かに仕事があるのであればそちらを優先して欲しいが、肝心のお金に関しては諦めているのだろうか。
あかねはもう一度自動販売機からコンビニまでをくまなく探していた。もうこの場所に来て一時間半は経っている。
しかし、それらしきものはどこにも見当たらない。
あかねは何も手掛かりを掴めずに、腹の中に溜めていたもの吐き出すようにため息をついた。
――一応、伊藤がいっていた、ホームレスがたむろしているほうに行ってみるか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます