第9話 真の趣味
真たちは幸恵が勤務するネジ工場を後にして、そこから徒歩三十分ほどで満田の家に着く。彼女は自転車通勤でネジ工場の会社まで通っていたので、十分少々で家路につくと予想される。
辺りはマンションだらけであった。たまにネジ工場のように、何件か工場があり、一軒家が立ち並ぶ場所もある。真が通勤している天橋出版社や、あかねの探偵事務所からしてみたら、かなり閑静な場所であった。
「いつもやったら、このまま夕食を買いにスーパーに寄るんやと思うんやけどな」
満田は歩きながらそう呟く。
「奥さんに趣味はありますか」真は美容院の店を見ながら、満田に言った。
「せやなあ。特にこれといった趣味は無いなあ。強いていうならテレビのワイドショーくらいやな」
「なるほど。美容院などは月に一回とか通ったりはしてますか?」
「ああ、そうやなあ。身なりにはそれほど気を付けてた気はするな。特に美容院に行くときは楽しそうやったなあ」
「美容院に行くときは休日ですか?」
「せやなあ。わしが知ってるには、土日が多かったんやけど。その時は総合スーパーの駐車場で止めて、幸恵は美容院に行ってるけどな」
「結構、総合スーパーに二人で出かけたりするんですか?」
「お互い休みの日はな。でも、天橋出版社は土曜日も出勤の時もあるやろ。その時は日曜日にするんや」
「じゃあ、基本的には土曜日に二人で行くんですね」
「せやなあ」
真は仲の良い夫婦に感じた。自分は彼女なんていないが、将来は未来の女性と仲睦まじい関係になっているのだろうか。
その相手が笹井つむぎだとしたら……。
真はつむぎの顔を想像した。第一印象はとっつきにくい顔だが、その雰囲気がより彼女を美人に際立たせていた。それと裏腹に笑った時の、笑顔はギャップを感じて、親近感が湧く。真もつむぎも控えめな性格だ。真はつむぎと接してからそれほど時間を要せずに、一気に惹かれた。
「おい、飯野」
想像していてお花畑になっていた真に、満田の声がして、彼は我に返った。
「わしの家の道はこっちや」
そういって、慌てて満田の後を歩いた。
「満田さんは、趣味は無いんですか?」
「わしは麻雀が好きでな。よく休日に雀荘店へ足を運ぶわ」
「へえ、賭け事ですか?」
「まあな。そこで知り合った人と仲良くなってな。でも、それは幸恵も知ってるから、許容範囲やけどな」
「奥さんには了解をもらっているわけですね?」
「せやなあ。飯野は何か趣味あるんか?」
「趣味……ないですね」
真は速足で歩き、満田の隣で話した。
満田は真を見た。「若いのに。今でしか楽しむときはないで。博打も何もせえへんのか?」
「まあ、そうですね。でも、この探偵は趣味みたいなもんですけどね」
「おいおい、趣味とかいわんといてくれ」
と、満田は愛想笑いの中、少し苦い表情を見せた。
「すみません」真は謝った。
満田は自分の家の近くまで行くと、「そういえば……」と、呟いた。
「どうしました?」
「この時期だから、もしかしたら町内会に話に聞いたかもしれない?」
「町内会?」
「年末近いから、火の用心を集まって夜回り行事があるんやけど、それに向けて先週の土曜日から話をしてるんや。もしかしたら、その人たちが知っとるかもしれん」
「ああ、そういう意味ですか」
真は考えていた。確かにそういったこともあるだろう。しかし、その話を木島にはしていなかったろうか。
今更思い出すなんて、満田の方もさっきの木島との聞き込みに、その事を話してくれたらよかったのに……。
真は不満が募っていたが、ひた隠しながら、冷静にいった。
「取り合えず、その町内会の、町長さんに話をしてみますか?」
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