第7話 職場の聞き込み

 しばらく待って、その女性は部屋に入った。

 総務の高石はプラスチックの椅子を総務から用意して、女性は真と向かい合わせで座った。


「初めまして、木島と申します」

「飯野です。よろしくお願いします」

 木島は四十中頃の女性で、華奢で背が低い女性だった。服は会社の制服なので分からないが、薄化粧なところと礼儀正しそうなところが、素朴な印象を与えた。彼女は真に対しても何度も頭を下げていた。


「早速ですが、木島さん。満田さんと退勤時間に立ち話をしたとお聞きしたんですが……」

「はい、飯野さんとは年齢も勤務年数も近かったので、仕事場ではよく話をしてました。帰るときはいつも退勤を打刻して自転車置き場で二人離すのが日課でして、昨日も立ち話をして別れました」


「その時に、満田さんの様子が変だったとか、いつもと様子が違うとかありましたか?」

「いいえ」木島はそう言いながら首を横に振った。「特にいつもと変わりない感じでした」


「これから、どこかに行くとかそんな話はされましたか?」

 木島は昨日のことを思いだしているように目線を机の方にやり、時間を要した。「いいえ、どこに行くとかは、話はしなかったですね。ただ、明るい方なんで、大体これからどこかへ行くとか、話は進んでする方なんです。なので、昨日はそれほど用事があったとは考えられないです」


「うーん」

 真は腕組みをした。いつもはあかねが色々質問してくれるのだが、いざ自分がすると、未熟者が硬い質問をしていいのか躊躇してしまう。この部屋で一番若いのは自分なのだ。


「普段の幸恵さんの勤務態度はどんな感じでしたか?」

 思い出したように真は聞いた。

「そうですね。機械にネジの基盤の鉄部品を置いて、スイッチを押して加工をするといった単純作業なんですけど、それを苦も無く行ってましたね。休憩時間はお喋りになるんですけどね」と、木島は笑顔を見せた。


「この会社の製造部は男性の正社員とパート女性の二つで多く成り立ってます。パートの女性はほとんど小さなお子さんだったり、色んな家庭を持っている方がいます。その為、遅刻したり、欠勤したりすることも多数ありますし、早退する方もいます。ですが、満田さんは人柄もいいですし、お子さんもいなかったなのか、十年間ほとんど休んではいません。優秀でみんなの鏡となる女性でもありました」

 と、総務男性の高石がいうと、満田は照れたように「そんな持ち上げらんでも」と、頭をかいていた。


「いえ、旦那様。本当なんですよ。新人の女性を教えてくれる女性の一人でもありました。その為、会社にとっては大事な方なんです」

「いやあ、私生活はズボラなんやで」

 真は咳ばらいをして、木島にいった。


「まあ、幸恵さんは特に用事があるようなことでもなく、それに誰かからも反感も買われていないということですね」

「そ、そうですね」

 木島は少し躊躇しながらいった。そこに真は見逃さなかった。


「何か反感を買われていたことがあったんですか?」

「いえ、別に……」木島は目を横にやり、言いたげなさそうに隠している。


「僕らは外部には漏らしません。約束します」

 すると、木島はいった。「別に、大したことではないんですけど。やっぱり女性ばかりの職場ですから、それなりに人間関係はギクシャクしている部分はありますよ。なので、どちらかというと主張が強かった満田さんは、それなりに揉めた時もあります」


「それは誰かと仲が良くなかったということでしょうか?」

「簡単にいうとそうです」

「それはどなたか聞いてもよろしいでしょうか?」

「絶対に外部に漏らさないと約束できるのであれば……」


 木島は尻込みしていた。相手は二十三の若者である。しかも男だ。経験不足によって口が軽い男なのかもしれない。

「もちろんです」真は出来るだけ動揺しないようにきっぱりといった。


「松岡さんっていう満田さんよりも少し勤務年数が長い方なんですけど、よく揉めてました」

「まあ、松岡さんはね……」そう高石も納得している。

「松岡さんって方は、あまりみんなに好意的ではないんですか?」真は高石と木島を交互に見る。


「松岡さんは仕事中でも私語が多いですし、あんまり仕事をしない方なんです……」そう、木島はチラッと高石に目配せをする。何か手を差し伸べてくれといっても可笑しくない。

「松岡さんはもちろんなんですけど、注意しても中々止めない人はいます。こうやって女性ばかりの職場になると、どうしても女学校のような感じになってしまい、仕事以外にも問題が抱えてしまうことが現状です。正社員の男性も、それなりの年齢の男性社員は、女性たちの管理を若い社員に任せますし、若い社員は若い社員らで女性たちをまとめづらい、その部分は疎通が出来ていないのが実情です」


「なるほど……」

 二十三歳の真にとっては体験したことのない、女性ばかりの職場というのはそういうものなのだろう。と、頷いて納得した。

 この松岡という人物も聞き込みをしたほうがいいか……。真は腕組みをして考えたが、先に昨日の幸恵の足取りを追った先だと思い立った。

「……分かりました。木島さんも高石さんもご協力ありがとうございます」

 そういって、真は立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る