第5話 お金を探している男

「すみません、満田さん。あたしは、今は捜査に出かけられなくて……」

「ええよ。その代わり、飯野が探してくれるんやろ?」

 立っていた満田は愛想笑いを見せて、半分納得いかない表情だった。


 あかねは、今度はお金を落とした男に満田が座っていた場所に座らせて、捜査の内容が分かった満田に席を外してもらった。

「はい、僕が探します。昨日奥さんはパートに仕事に行かれたんですよね?」

「ああ、そうや。そして、退勤を押したところまでは分かってることやから、それ以降や」


「その後は、どこに行ったとか分かりますか?」

「何もなかったら、多分一旦家に帰ると思うわ。その後に、買い物に出かけるんやと思う」


「それはどうしてですか?」

「あいつが、前にそういう話をしていたのを覚えてるんや」

 満田は相変わらずハンカチで、こめかみ部分を拭いている。幸恵を失ったことで落ち着きがないのだろうか。


「取り合えず、僕と一緒に探しましょう。聞き込みに行きます」

 真は探偵事務所にあるハンガーレールに掛けていた、自分の着ていた、茶色のダッフルコートを取り出して袖を通した。


「分かった。着手金に関してはどうするんや?」

「それは、また後日で」

 あかねはそう言った。「じゃあ、真君。助手として頼んだよ」あかねは手を振った。

「承知しました」

 真はあかねに向かって手を上げて、真と満田の二人は探偵事務所を後にした。


 二人が階段を降りていくのを聞いたあかねは、今度はお金を落としたサラリーマンの男と向き合った。

「それで、どこら辺に落とされたんですか?」

「ここから、歩いて三十分くらいの場所だよ。繁華街の場所で封筒に入っていたお金が無いのを気づいたんだ」


 ……ここから三十分?

「三十分もここまで歩いてきたんですか?」

「まあ、そうだな。走ってきたんだ」男は慌てているのか、早口でまくし立てる。あかねが出してくれた緑茶のグラスを勢いよく飲み干す。


「警察には紛失届を出されてるんですか?」

「出してない。このお金は大事なもので、オレは証券会社に勤めてるんだけど、顧客から預かってた現金を落としてしまったんだ。これを会社にバレたら俺はクビが飛ぶよ」


「ああ、そういう事ですね」

 あかねは納得しつつも、どうして、証券マンが現金なんて持ち歩いているんだろうと不審に思った。


「顧客から現金を受け取ったってことですか?」

「ああ、そうだ。早くしてくれ、お金が盗まれるじゃないか」

 男は貧乏ゆすりをしている。外見的に男が、仕事ができないようには見えないが、ラグビー部でも入ってたのかというくらい身体と爽やかな感じにも見えるが、少しでも相手が、自分が思っていた態度ではなかったら、苛立ちを見せる人間にも見えた。

 彼の服装は灰色のスーツでネクタイも柄が入っていない、無地の物だった。半分オシャレに気を使っているのか、髪型も軽めのパーマを当てて肩まで伸びている。仕事よりもプライベート重視な人間なんだろう。遊び人の要素が目に見えていた。


「分かりました。とにかく、探してみますので、その封筒の詳細をお聞きします。まず、封筒にはいくらの現金が入っていたんでしょうか?」

「百五十万だ」

「百五十万!」あかねは素っ頓狂な声を上げた。


 ――百五十万円でいくらの物が買えるんだろう。服は高いものかって、バックもブランドの物で……。あかねは左掌で右人差し指をグルグルと回して、計算していた。

「おい、帰ってこい!」男はあかねが完全に想像に入っていたのを見て、思わず叫んだ。


「あ、すみません。……それで、名前は伊藤竜也さんで、三十歳ですね」

 あかねは予め伊藤が書いてくれた、探偵依頼書を見ながらいう。

「ああ、そうだ」


 伊藤は抱えていたクラッチバックを隣のソファに置いて、ポケットに手を突っ込み壁に背にもたれて足を組んでいる。何とも態度が悪そうだ。これで服装が乱れて、髪も金バツにしていたらホストではないかと疑ってもいい。

「分かりました。最後に封筒はどんな色でしたか?」

「茶色だ。だが、何も書かれてない」


「分かりました。着手金も頂戴しますがいいですか?」

「ああ、これが終わり次第、着手金も報酬金も渡すから、早く探してくれ」伊藤は苛立ちを抑えきれずに貧乏ゆすりをした。


「いえ、着手金はいただきます。昔それで逃げられた方がいましたから」

 あかねはそういった経験はないが、実際そのようなこともあるらしく、あかねはそこの件に関してはシビアになっていた。

「さっきのオッサンは渡してなかっただろう」伊藤は親指を立てて、壁側に指を差して、満田のことを言った。

「あの人は、助手の会社の上司ですから。後で助手の方からお金をいただきます」


「分かった。しかし、今手持ち金がこれしかないんだ」

 男は財布の中から現金一万円を机の上に叩くように置いた。

「取り合えず、いただきます」

 あかねは自分の財布に一万円札を入れた。

「早く行きましょう」

 あかねが言って、伊藤もポケットから手を出して立ち上がった。

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