第4話 依頼主が上司?!

「どうですか、最近調子は?」

 天橋出版社のジャーナリスト飯野真は来客の椅子に座って、あかねに何気なく聞いてみた。

「どうもこうもないよ、探偵事務所は。物凄く華やかなものじゃないから、お客さんはそう簡単に来るわけじゃないからね」

 笹井あかねも真と向かい合って来客の椅子に座り、携帯ゲーム機を両手で持ちながら、その画面を食い入るように見ている。


「そうはいっても、営業時間にゲームをするのもどうかと……」

 と、口に出して言う飯野真も、自分のゲーム画面に向かって喋っている。

「まあ、お客さんが入ってきたら止めるつもりだよ。おっしゃあ、勝ったー」

 そう叫んで、あかねはガッツポーズを見せる。


「だは、あかねさん強すぎですよ。これで三連敗です」

「あんたはゲーム初心者だからね。あたしなんて暇さえあればゲームしてるもん」そう誇らしげに言うあかね。

「でも、この前の事件を解決したことにより、また、一躍この探偵事務所も有名になりましたよね?」


 すると、あかねは携帯用ゲーム機を透明ガラスの机の上に置いて腕組みをした。「確かに有名にはなったけど、さっきもいったように、そこでお客さんの数と比例しないんだよね。もともとメジャーな仕事じゃないから、本当に探偵の力を借りたい人だけが訪れるんだよ」

 そう言った途端、ドアが開いた。チリーンとドアベルが鳴る。


「まあ、こういうときもあるよね。いらっしゃいませ」

 あかねは真に向けて苦笑いを見せて、立ち上がると、そこには小太りの男性が立っていた。


 真も後ろを振り返ると、驚いた表情でいった。

「あれ、満田部長!」

「飯野もいたんか。新しい事件でも調査してるんか?」

「新しい事件?」


「ほら、昨日、二つの店に宝石強盗があったってニュースがあったやろう。あの事件を警察と追ってるんちゃうかなと思ったんや」

 満田はこてこての関西弁で喋る。彼の地元は大阪出身なのだ。

 油体質の頭が寒くなった頭皮と丸メガネを掛けている。何着持っているのかいつも紺のスーツを着ている。ジャーナリストなのに会社に通勤している気持ちでいるのだろう。

 後、彼の特徴は、会社に着けばネガティブな発言が目立つ。仕事をしたくない気持ちは身体中から滲み出ているようだ。


「違いますよ。僕もあかねさんが何かいろんな事件に首を突っ込んでるのかなと思ってたんですけど……」

「今は、依頼が来てないよ。それよりも、満田さんでしたっけ? どうぞようこそ」

 あかねは携帯用ゲーム機を自分が利用している書斎の机の上に置いて、満田を来客者が利用する、先程座っていた黒いソファに誘導した。


「すまんのう」そういって、満田はどっしりと腰を掛ける。あかねは用意が良く、グラスに入ってある緑茶をお盆の上に置いてやってきた。

「粗茶ですが」あかねはお盆をガラスの机の上に置いて、満田の前にグラスを置いた。

「気が利くなあ。おおきに」

 満田はグラスを持って、緑茶を一口飲んだ。


「それよりも、部長は何故ここへ? 依頼があるんですか?」

 向かい合って座っている真は満田に聞く。

「せやねん。実はウチの妻、幸恵を探して欲しいねん」満田は胸の内ポケットから写真を取り出し机の上に置いた。


 あかねも真の隣のソファに腰かけて「失礼します」と、写真を両手で持って、写真に写っている女性を見た。四十代の肩にかけてソバージュの髪形、体形は満田と同じ横に広くなっている。青空が写っていて、笑顔でピースをしている写真だった。


「この方が、奥さんの幸恵さんでしょうか?」

「ああ、そうや。探して欲しいんや」

「探して欲しいって、失踪したんですか?」

 あかねは眉をひそめて、素っ頓狂な声を上げる。


「そうや。実は昨日の夜、わしが帰ってきたときに、いつもは家にいるんやけど、部屋が真っ暗やったから、おかしいなと思って電気付けたらおらんねん。もしかしたら、町内会の会合かなと思ったんやけど、ずっと待っても帰ってこうへん」

「それが、今日の朝まで家にお帰りになられてないということですか?」と、あかね。


「せやねん。いつもはこの時間やったらパートの仕事に出勤してるんやけど、そこの会社に電話したら、案の定、今日は出勤しとらんっていわれてな。完全に行方不明や」

「警察には捜索願を出したんですか?」


「さっき出しに行った。わしには幸恵がおらんとやっていけない人間なんや。ご飯も作られへんし、家のことは全部やってもらってたから、あいつがおらん人生なんて無理や」満田は泣きべそをかいた表情になっている。

「へえ、奥さんが好きなんですね」

 あかねは前のめりになりながら、両手を組んでうっとりしていた。


「好きというか、おらんとあかんねん」

 満田は照れながら、額から出る汗を、ポケットから取り出した四つ折りに畳んだハンカチで拭いた。

「お子さんはいるんですか?」真が聞く。


「おらん。どちらも四十近くでで結婚したし、元々どちらも子供は欲しいと思わなかったからなあ」

「だから、奥さん一筋なんですね。素敵」

 あかねは先程から目がハートになっているな。と、真は何だか彼女の意外な一面を見た気がした。


「それで、話を前に戻しますが、警察はどういった対応してくれるんですか?」と、真。

「もちろん、捜査してくれる。しかし、パトロールを強化して探すという話で終わっとる」

 満田は手に持ったグラスの緑茶を飲んだ。


「実際に、奥さんの幸恵さんが失踪したという、確かなもの。例えば置手紙を残していったとか、誰かに狙われているとか、そんなことはありましたか?」

 あかねは真剣な表情に戻った。

「いや、それがこれといったものは無いんや。それに、わしもその辺は無頓着やったから、最近のあいつが何考えてるかは覚えてないんや」


「まあ、普段の生活を送っていたように見えたということですね」

「そういう事やな」

「これは難しいですね」

 あかねは腕を組んで、鼻からため息を漏らした。


「探してくれへんのか?」満田はあっけにとられた表情をする。

「いえ、もちろん、あたしたちは着手金を頂いたら、捜査させていただきます。その部分では警察よりも早いですが、幸恵さんが今どこにいるのかを捜査するのに手掛かりがない分、探すのに時間が掛かるということです」

「何や、そういうことか……」満田はホッとした。


 すると、その時に、笹井探偵事務所に急いでドアを開けて入った、スーツ姿の男が現れた。三人は一斉にそちらの方を見る。

「おい、探偵はどこだ?」その人物は、クラッチバックを左腕に挟み、右手で添えながら、何かに慌てたように言う。

 あかねはその人物を見ながら立ち上がった。


「すみません、探偵はあたしですが。どのようなご用件でしょうか?」

「お金を探してくれ」

「え?」

「お金が無いんだよ! どこかに落とした!」

 その男性は完全に我を失っていて、パニックに陥っていた。

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