少年賢者の推理:本当の殺害現場

「アインハルトさん、その宝石はどこにあったの?」

「屋敷の裏の森の、池の中に落ちていたよ。まるで、のようにな」

「……計算の最後の【角度】と【距離】がこういうことだよ。事件の後、森の中に誰かが入ってルビーを見つけかねないから、より見つかりにくい池の中に落ちるように、調整したんだろう」


 俺の推理に、ダリアの表情からは完全に余裕が消え去っていた。こちらをじっと見やり、口の中で何かを唱えるように呟いている。かすかに聞こえる限り、魔法の呪文などではなさそうだった。


「だ、ダリア……!!」

「奥様……!!」


 夫であるギルバーツや使用人たちも、ダリアから距離を取り、驚くような視線を外すことはない。周囲も、完全に彼女を犯人だと断定していた。


 そんな雰囲気を感じたダリアは、ぶつぶつと呟くのをやめると、こちらをきっと睨んだ。


「――――――そ、そのルビーはのよ! お色直しをしている間に! だから、そのルビーは私がやったっていう証拠にはならないわ!」

「ほう、盗まれた?」

「そうよ! 犯人はそのルビーを盗んで、爆発を隠ぺいしたに違いないわ!」

「では、なぜそれを盗まれた直後に言わなかったんですか? この大きさのルビーがなくなれば、中々の大騒ぎになるでしょう」

「それは……! パーティーの最中、騒ぎを起こすのはマズいと思って……!」


 それこそ不自然な言い訳だ。パーティー中に宝石が盗まれたのなら、それこそ賓客に犯人がいるのかもしれないのだから、より主張すべきだろう。


「そ、それにっ!! アルムくん、貴方の言うことはすべて空想じゃないの! その証拠に、マーカスの遺体はどこにもないじゃない!!」


 恐らく言いながら活路を見出したと思ったのか、ダリアの口は急に饒舌になり始めた。


「そもそも、お色直しの時間で、別の場所でマーカスを殺したとしたら、そんな場所がどこにあるのよ! この屋敷で、誰もいないところにコッソリとマーカスの死体を隠しておくなんてできるわけないわ!! このお屋敷には、使用人がいたるところで働いているのよ!? ずっと見つからないでいるなら、爆発して跡形もなく消えたと考える方が自然だわ!!」


 彼女の必死の言葉に、学者たちも顔を見合わせる。そしてそんな学者たちの方を、ダリアは睨みつけた。


「大体貴方たちだって、【宝石魔術】を知っているのでしょう!? それに、あんな複雑な計算、私なんかより貴方たちの方が得意でしょう! マーカスの属性だって、【エレメントフルーツ】を知っていればわかったはずじゃない! アルムくんみたいな、子供でも気づけるのだから!!」

「そ、それは……」

「貴方たちでしょう! 貴方たちの誰かが、マーカスを殺したに違いないわ!! 子供には到底思いつかない、凄い方法を使ってね!!」


 学者たちに向かって必死に叫ぶダリアを見つつ、俺はアインハルトに目配せした。彼女はこちらに気づくと、コクリと頷く。――――――どうやら、無事に見つかってくれたらしい。


「――――――そこまで言うなら、見に行きましょうか」

「――――――は?」


 俺の言葉に、さっきまで叫んでいたダリアは、ぴたりと動きが止まる。


「皆さんも、いい加減気になるでしょう。【マーカスさんが、どこで殺されたのか】」

「あ、ああ。書斎ではないとしたら、一体どこなのか、皆目見当がつかん」

「それは行けば分かりますよ。そこまで遠くじゃないですから」


 俺はそう言いながら、背後にそびえる新館を指さす。


「……そこには、あるはずですから。【マーカスさんの遺体】も、【夫人が犯人であるという証拠】もね」


*****


 新館の中に入った俺たちは、1階の奥へと進む。ぞろぞろと歩く、先頭は俺とリリー、そしてアインハルト。

 ダリアは逃げたりしないよう、学者や使用人たちに囲まれ、集団の中央を歩いている。その美しい顔には、明らかな焦燥が浮かんでいた。しかもそれは、屋敷を進めば進むほど顕著となる。


「……マーカス様は、1階で殺害されたのですか?」

「そう。夫人、貴方はこの計画を、マーカスさんをどこで殺すかも計算ずくだったんだ。いや、【その場所の存在を知ったからこそ、計画を思いついた】と言った方がいいかな」

「その場所の、存在……?」

「この屋敷は、マーカスさんが主導で建築していた。当然、間取りなんかもマーカスさんが用意して、その通りに建てられたはずだよ。そうだよね?」

「え、ええ。我々屋敷の者も、お屋敷の間取り図を拝見しております」


 セバスチャンの言葉に、俺はうん、と頷く。これも予想通りだ。


「その時に見た間取り図には、【書いていない部屋があった】んだよ。【マーカスさんが意図的に隠した部屋】がね」

「……マーカス様が!?」


 そう言っているうちに、俺達は目的の部屋へと到着した。そこは――――――。


「……ここは、【使用人の女子更衣室】じゃないか?」

「そう。そして、マーカスさんはこの新館で、あることについて神経質になっていた。旧館では気にもしていなかったことを」


 それは、【壁によりかかってはいけない】ということ。屋敷の者、特に使用人には、それを厳しく徹底させていた。


「でも、それは「だらしない姿を見せるな」という意味じゃ……」


「そんなんじゃないよ。あの言葉の本当の意味は―――――【壁の隠し扉がバレるかもしれないからやめろ】ってことだったんだ。誰がどこの壁によりかかるかなんて、わからないからね」


「……か、【隠し扉】!?」


 その場にいた全員が、驚きの余り目を見開く。……ダリアと、すでに俺が教えているアインハルト以外は。


「そう。そして、その【隠し扉】っていうのが――――――ここ! リリー!!」

「はーい!」


 俺の合図とともに、リリーは女子更衣室の隣にある壁に向かって、思い切りキックをかます。


 ドゴオオオオオオオオオオ――――――ン!!


 まるで爆発と思えんばかりの威力の蹴りハイキックで、壁は粉々に吹き飛ぶ。 もうもうと立ち込める煙の中、俺達の目の前に現れたのは――――――。


「こ、これは……!!」

「ま……まさか……!!」


 煙が晴れ、そこにあったのは、空間。5畳ほどの広さの、狭い部屋だ。

 だが、その部屋の存在よりも、何よりも目を見張るものが、この場所にはある。一同は青ざめ、中には顔を背ける者もいる。


「ま……ま……!!」


 部屋の隅には、ベッドが置いてあり、その上には――――――。


「――――――【マーカス】――――――!?」


 裸にされたマーカスの遺体が、うつぶせで眠るように置かれていたのだ。

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