ランベルト先代侯爵の評判
「酷かったわよぉ、特に50年も前なんかは。増税に次ぐ増税で、この村もとんでもないくらいに大変だったんだから!」
俺の話したホルムス卿の武勇伝(笑)からは、村の酒場は一気に先代ランベルト侯爵の悪口大会に早変わりした。泣いたり笑ったり怒ったり、この村の人たちは表情豊かなもんだ。
「そんなに困窮してたんですか? この領地」
「困窮ってわけでもないのよ。隣の領地と比べても、同じくらいの収入だったもの。でも、取られる税が多すぎて、生活は大変で。よそに流れる人もいっぱいいたの」
「ワシらに詳しい理由は明かされんかったが……おおよそ、先代侯爵の趣味に費やす金が欲しかったんだろうと、そう思っておるよ」
「趣味、というと……」
「無論、魔術研究じゃよ。あの男は魔術研究家で有名だからのう」
老人の話に、俺はふむ、と考える。
ともかく、その税金の徴収が、ギルバーツ侯爵に代替わりしてからはピタリと止んだ。そのため、領民たちは彼に感謝しているらしい。あの悪政から自分達を救ってくれた、とね。
「……メリナさんは、知ってた? 先代侯爵の評判の事」
「うん、おじいちゃんおばあちゃんから聞いてたよ。あの頃は大変だったって、死ぬまで言ってたし」
「それは、マーカスさんも?」
「そうだね。うちに遊びに来た時に、言ってたかも……」
……ということは、マーカスは先代侯爵の事をどう思っていたんだろう。
もしかしたら、あまり誇りには思っていなかったかもしれないな。
それに、先代侯爵の話で、気になる点もあった。
「……魔術のために増税か……」
「信じらんないよね。そんなことしたら、普通暴動ものだよ? 昔は貴族の権力ももっと強かったから、文句言えなかっただろうけどさ……」
「いや、そうじゃなくて……どうにも、結びつかないんだよ。先代侯爵と、増税って単語がさ」
「え? 何で? 魔術ってお金がかかるんでしょ? 聞いたけど、魔術学院の予算ってすごいらしいじゃない」
「あれは大抵、魔術の実験に必要な設備の維持費とか、材料費で――――――」
そこまで言いかけて、俺ははっとひらめいた。
「……あ、そうか!」
「え、何? 何かわかったの?」
「いや、わかってない!」
「ええ?」
「わかってない、ってことが分かったんだよ! 増税してまで、先代が買ったものが!」
そう。考えてみれば、おかしな話だ。
俺の今までの考えだと、ランベルト侯爵は【魔法陣】の研究家。
そして【魔法陣】のために、必要なものとは、一体なんだろうか?
答えは、紙とペンだ。結局のところ【魔法陣】なんて、それで事足りる。実験器具なんて必要ない。実証も、魔力を流し込むだけなら人ひとりいればそれで十分だし。
領土を丸々【魔法陣】で囲む、とかならまだ分からなくもないが、少なくとも研究するだけなら、この学問にそんなに金は必要ない。【魔法陣】の分野は、数学に近しい、魔法文字の論理を突き詰める世界だからな。
それなのに、増税までしていた。魔術研究のために。
これが意味することは――――――。
「……先代侯爵の魔術の分野は、多分【魔法陣】じゃなかったんだ」
何かもっと、金のかかる分野を研究していた。恐らく、【増幅魔法陣】はその過程で生まれたものだったのだろう。
そして長い時間をかけ、彼が遺した偉業は【魔法陣】のみとなり、彼は【魔法陣】の専門家としての側面のみが残ってしまったのだ。
そして、間違いない。この、先代侯爵が本来研究していた分野の魔術。
それこそが、マーカスを殺した方法の鍵になっているはずだ。
そして、俺は同時に思い出す。
現場に落ちていた、【黄色く光る、何かの欠片】の事を――――――。
「……そうか、わかったぞ。犯人の手口が!」
「パパ、本当!?」
「ああ、これなら、爆発も、マーカスさんを殺した方法も説明がつく……!」
これだけの情報が揃えば、推理は自然と冴えわたる。謎が全て解けるまでは、あと一息だ。
そして。
「――――――犯人は、あの人だ……!!」
俺の脳裏には、ある一人の人物が浮かび上がっていた。
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