村の酒場にて

「……え、メリナさん、それ本当!?」

「ええ、私も仕事しながら他の人に聞いてみたんだけど……」


 メリナの仕事が終わったタイミングで、俺達は侯爵の屋敷を出た。その時に、彼女から教えてもらった情報は、非常に重要なものだ。


「お色直しの時、新館裏庭の草むしりをしていたメイドが、マーカス様が新館の1階にいるところを見たって」

「1階……!」

「そ、そこからは!?」

「着替えに来たのかと思って、目を離しちゃったそうよ。階段も近くにあったし、1階に留まっていたかはわからないって」

「そっか……でも、新館には確実に入っていったんだね」

「ええ、そうみたい」


 これは、かなり大事な内容となる。つまりマーカスさんの死は間違いなく、新館で起こったという事実の根拠だ。


(……これで、このランベルト邸全部のどこかに遺体がある可能性はなくなった。なら、捜索範囲はだいぶ絞られるな)

「良かったね、パパ!」


 ひとまずそれがわかっただけでも収穫だ。憲兵が来るまではあと2日ほど。それまでに、こちらもヒントはできるだけ手に入れておきたいが……。


「それで、今日はどうするの? アルム君」

「うん。村の酒場でマーカスさんの話を聞こうかな」


 酒場は村の情報が集まる場所。何せ、色んな職業の人が、酒を飲んでガードが緩い状態で話している。情報収集にはうってつけの場所だ。


「でも、酒場で事件の話なんて分からないんじゃない? だって、屋敷の人で飲んでる人もあんまりいないし」

「大丈夫だよ。別に事件の話を聞きたいわけじゃないからね」

「?」


 そう言って笑う俺に、メリナは首を傾げた。


*****


「マーカス様が亡くなっちまうなんてよぉ、残念だよなぁあああ!」

「まったくだぜ、本当によぉ!」


 酒場に着くなり、大きい声で泣くおじさんの声が聞こえてきた。大泣きしている男たちを、酒場の主人が「まあまあ」と言いながらグラスを拭いている。


「……あれ、メリナちゃん? 珍しいね。君が酒場に来るなんて!」

「こんばんは」

「……その子たちは? うち、酒場なんだけど……」

「ホルムス卿の代理人でいらっしゃってるの。話を聞きたいんだって」

「え、ホルムス卿?」


 さすが同じ辺境伯のホルムス卿。結構有名じゃんか。まあ、王国の中でもあの人は結構武勲を立ててるからなあ。


「ホルムス卿って言えば……あの、【ドラゴン軍団襲来事件】で陣頭指揮を執ったっていう!」


 ああ、あったなそんな事件。ホルムス卿の領地、つまりはベイカーンで、2年くらい前に大量のドラゴンがなだれ込んできたことがあった。

 その時は確か、ドラゴンの生存権に外敵が侵入したのが原因。大パニックになったのだが、ホルムス卿自ら暴れるドラゴンたちを相手取ったのだ。勿論、町の冒険者たちと一緒だったし、剣で戦ったのはワイバーンより格下の大トカゲだったけど。


 ちなみにその事件、問題の外敵を倒したのは俺。厳密に言うと、俺とリリーと、もう2人パーティーメンバーの仲間がいたのだが、その内の主に1人がぶっ倒していたのだ。


「……ああ、その話も、僕、少し知ってますよ?」

「本当かい、ボク!?」


 まあ、まずは向こうの知りたい情報を教えてあげるところからかな。

 こういう英雄譚、みんな好きだろうし。


*****


「それでそのドラゴンたちを相手に一歩もひるまず、大トカゲの喉元にホルムス卿は自ら剣を突き立て、味方を鼓舞したわけだ! やはりすごい人だなあ!」

「ホント、ホント! うちのギルバーツ様は、そう言うのはさっぱりだもんなあ!」


 酒場の人たちはドラゴン退治で大いに盛り上がっていた。いつの間にやら、酒場には「ホルムス卿の大立ち回り」を聞きたい人がたくさん集まっている。ありがたいけど、俺も受け売りなのでボロが出ないか冷や冷やものだ。


「いやあ、いい話を聞いた。ありがとうよ、坊や!」

「マーカス様が亡くなったって聞いてちょっと落ち込んでたけど……少し、元気が出たわ」

「いえいえ。それならよかったですよ。それにしても……マーカスさん、随分と慕われてたんですね」

「まあ、あのギルバーツ様の、たった一人の跡取り息子だったからね」

「その言い方だと、どっちかって言うとギルバーツ侯爵の方が慕われてたの?」

「そうねえ。……ここだけの話なんだけどね?」


 同じく酒場に来ていた女性が、俺にこそっと言う。


「――――――ギルバーツ様の前の、先代ランベルト侯爵ね。村の皆からは、のよ?」

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