メリナの家にて

「うおおおお、凄いな! こんなご馳走!」

「「「いっただきまーす!!」」」


 食卓を囲み、実に4人もの子供が一斉に料理を食べはじめる。俺よりも年下の子供ばっかりだ。


「いやあ、まさか屋敷からこちらに来たいとは。一体、どういうことで?」

「ちょっと気になったんです。ランベルト侯爵のお膝元が、どんな感じなのかなって」


 食卓の中央に座するメリナの父親に、俺はそう答えた。

 ここは、メリナの家。そもそも屋敷が村の最奥にあり、その村の中でも大きい部類の家。それが、彼女の実家だ。彼女はここから、毎日メイドとして通っている。


「すみませんねえ、こんなご馳走いただいちゃって」

「いいんですよ。俺達じゃどうせ食べきれないし。飯ってのは、誰かに食べられるためにありますから」 

「ねえ、兄ちゃんって、冒険者なの!?」

「うん? そうだぞ」

「すっげー! 剣!? 魔法!? どっち!? どっち使うの!?」

「どっちかって言うと魔法かなあ」

「すっげー!!」


 子供のきらきらした目に、俺は思わずたじろぐ。ちらりとリリーを見やれば、彼女は子供たちのお馬さんになっていた。


「こら、アンタたち! お客さんなんだから! そんなことしちゃダメ!」

「ああ、いいんですよ。リリーも子供みたいなもんだから」

「でも……!」

「アイツが遊んでる間に、こっちも聞きたいことを聞けるしね」


 聞きたいこと、と言われて、メリナが姿勢を正す。


 そもそも俺たちがこの家に来たのは、マーカスの話を聞きたいからだ。村の様子を見たい、というのもちょっとはあるけども。


「……マーカス様、亡くなったんだって?」

「確か、爆発事故って。メリナから聞いたけど……」

「やっぱり、マーカスさんの事、詳しいんですね」

「……そりゃあ小さい頃は、村で一緒に遊んだりもしてたから」


 メリナは現在25歳。マーカスは26歳。年の近い2人は、互いの家を行き来して良く交流していたという。


「アンタらみたいに、泊りがけで家に来ることもあったんだよ。あの時は、弟たちの面倒も見てくれてな。助かってたよ」

「ウチも子供の世話と仕事、両方やらなくちゃいけないからね。子供たちの相手してくれるのは助かったわ。成人されてからは、流石に来なくなったけどね」

「成人……」


 俺たちの暮らす国の成人は18歳。ということは、おおよそ8年前くらいまでということか。


「思えば、マーカス様がメリナを避けるようになったのもそれくらいか?」

「避ける?」

「ええ、以前は仕事中にもよく声をかけてくださったそうですが、成人されてからは……何か話すとしても、マーカス様は叱責ばかりするようになって」


 そしてメリナ一家の話によると、マーカスは他の使用人への態度も徐々に変わっていったという。誰にでも人当たりの良かった男が、急に口調を荒げて、怒鳴り散らすようになったというのだ。


「……あの時の豹変ぶりは、メイドたちの間でも話題になってました。まるで、悪魔にでも憑りつかれたんじゃないかって―――――――」


 メリナはそこまで言って「あっ……」と口を塞いだ。目の前に、弟たちを乗せているリリーがいたからだ。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」

「ああ、いいよいいよ。所詮は良くある言い回しだから」


 恐らくリリーが悪魔であることを気にしたから謝ったのだろうが、そもそもこの言葉自体が誤りなので、俺は全く気にしていない。


 だって悪魔が人に憑りつくことはありえない。魔物学上、人に憑りつくのは悪霊だ。実体のある生物に、憑依などという行為はそうできるものではないからな。


「……それで、マーカスさんは成人してから、全く村に降りてこなかったってこと?」

「いや? 敷地内に新しい屋敷を作るとかで、打ち合わせに村の酒場を使ったりしていたよ。遠目で見たが、あの時は人が変わった感じはしなかったな」


 メリナの父はそう言い、うーんと考え込んでしまう。どうやら、マーカスが娘に怒鳴り散らす姿が想像できないらしい。


 過去の彼は、それほどまでに好青年だったということだ。


「――――――そんなマーカス様が、まさか事故で亡くなるなんてねえ……」

「あの、実はそれなんですけど……俺は、違うと思います」

「え?」


 俺の言葉に、メリナ一家全員がこちらを向いた。それは、リリーで遊んでいた弟たちもである。


「マーカスさんは、事故じゃありません。……何者かによって殺害されたと、俺は思っています」

「「「……何だって!?」」」


 メリナと彼女の両親は、驚きの余り食べていた食事を取り落としてしまった。

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