第3話 彼が思っていること
河川敷から歩いて数分、大型スーパーの三階へ上がった所に設けられるスペースではお手頃な飲食チェーンが四店舗、小規模で営業していて、なんだかノスタルジックな気分になる。
それぞれ最寄駅の売店で買った商品を置いて四人掛けのテーブル席を確保した私達は、一つずつお店を見て回る。
「この店は王道だけど、やっぱり旨いよな」
「久々にジャンクフードもいいかもね」
「でも、安く済ませたければうどんかな。県民御愛用のうどん屋と言えばここでしょ!」
「え! このお店ってローカルチェーンだったんだ」
「ちなみに、俺のオススメはここかな。平日のランチ時間はラーメン餃子定食がなんと七百円」
「サボった人だけの特権……」
といった調子で、私は依田君にガイドされながら昼食を注文するお店を探していた。
それにしても、今のお店の紹介の仕方からして……
「というか、今更だけどこの町に来たことあるの??」
「本当に今更だな。あるよ。じゃなきゃ、こんなスムーズに動けないだろ?」
「そうだよね。なんか、依田君のことだから、知らない場所にもあてもなく行くんじゃないかと思って」
「それもあるぞ。最初にこの町に訪れた時だって、ただ何となく降りてみるかー、だっだしな」
「やっぱりそうなんだ……」
「今日は新メンバーが居たから行ったことのある場所を選んだだけ」
「それはお気遣いどうも」
相変わらずな会話のラリーをしてから、私と依田君は同じラーメン餃子定食を注文した。
目線の先には王道の醤油ラーメンと香ばしい焼き目をした小振りな餃子六個、それから茶碗一杯の白米とお口直しに嬉しい中華スープが隙間なく乗ったお盆があり、いざ用意されると完食できるか若干心配なボリュームに感じるけれど食欲がそそる。この中華プレートが七百円なのは確かにお得で、サボりたくなる気持ちもほんの少しだけ分かる。
向かい側の依田君が思いのほか丁寧に「いただきます」と手を合わせたので、私も同じ所作をしてから割り箸を割って始めに主役のラーメンを一口啜る。あっさりしているが醤油のコクが強くちぢれ麺に絡んでいてとても美味しく、なんだかんだスタンダードが一番と思える。脂っこくないから想像以上に食べやすい。麺をもう一口食べてから醤油スープを飲んで心身を癒すと、ラーメンと一緒にW主演を務める餃子を頂く。大きくないのでまるごと一個運んで咀嚼すると、もちっとした皮からジューシーな肉と野菜の餡と肉汁が溢れ出して頬が緩む。この喜びを全部で六回も味わえるなんて嬉しい。
「旨いだろ? これなら女子にもオススメできるっしょ」
満足気な私に気づいたのか依田君が自信のある表情を見せる。
「うん、美味しい。まあ、女子でもガッツリ中華とか好きな子は普通に多いと思うよ」
「そうだよな。男子だからガツガツ、女子だから控えめ、ってあくまでイメージに過ぎないしな?」
ガサツな印象が強いが、案外、多様性に理解のある人なんだと思った。依田君からは時折優しさを感じたり、考えさせられるような言葉を貰う。本当、一言では表せられないような不思議な人。
「そうだね。本当に」
食べ終わった時点でそれぞれお盆を返却しに行くと、再びテーブル席に戻ってスマホをいじったりただぼうっとしたりと小休憩した。まあ、サボった時点で大きな休憩なんだけれども。
久しぶりにフードコートで食べるお値打ち中華が美味しくって、定食は余裕で完食した。ラーメンと餃子でお米も進んだし、中華スープのやさしい味わいも私好みだった。七百円で笑顔になれるランチだ。
私は手に持っているスマホをテーブルに置いて、
「ねぇ」
依田君に向かって言うと、そのまま彼に問い掛ける。
「改めて聞くけど、依田君が学校をサボる理由って、何?」
私の質問に、依田君はスマホから顔を上げると何でもない表情をこちらに向けてこう答える。
「なんか、もう、どうでもいいや、って思えたんだよ。家族も学校も、てゆーかほぼすべてのことが。ウマイもんは別だよ。別腹」
テキトーさを演出したような投げやりな回答。内容に嘘があるようには聞こえなかった。
今の発言からして、やっぱり、依田君はふざけているものの死にたい気持ちは本心なのだろうか。
もしかすると、本当は辛いけど心のどこかでは死にたくない思いもあって、それでも打ち明ける勇気がないからなんとか生きて現実逃避で誤魔化して……そして、たまたま会った憂鬱そうな私にさりげなく自分なりのSOSサインを出しているのだろうか。
ただ、彼に死にたいのかと確かめようとしても「謎を解け」とどうせ今は茶化されて終わるだけだろう。
今は……。
なぜ、彼の為にそこまで動くのか分からないけど、もし時間を経て私に心を開いてくれたら、事実を話してくれるのかな……?
「私も、別腹」
「ん?」
「食後に甘いものが食べたい。どこか美味しいお店を紹介して」
依田君の純粋な眼差しを見つめて、彼の現実逃避に付き合うことを私なりの言葉で宣言した。
彼と同じ時間を過ごして、心の中を打ち明けてもらう。その時間の中でもし彼から死にたがっているヒントが見えたらちゃんと向き合う。
依田君の表情はぱぁっと今日一番の明るさになっていった。
「まかせろ!」
案内されたのはフードコートから歩いてすぐの場所だった。というか、同じ大型スーパーの一階に建つ有名ファーストフード店だ。
店の前に立ち止まり、隣の彼に話し掛ける。
「どういう冗談?」
「別にハンバーガーやポテトだけを売ってるんじゃないぞ。俺は学校帰りに寄ってよくフラッペ飲むぞ」
「その言い方だと、真面目に一日授業受けた放課後に寄り道しているみたいに聞こえるけど……」
「ごくたまに終日出席してるわ」
依田君はツッコミとして中華で膨れた私のお腹にチョップする。ふいに予想もしない箇所に触れられたのでお返しに膝蹴りしてやりそうになった。
てゆーか、ごくたまに、なんだ。
私達はフラッペを一つずつ頼んでさっきと同様に四人席に座り、しばらくくつろぐことにした。フードコートもだけれど、平日のお昼時はさすがに席が多く空いている。自然な流れでまとめてお支払いする依田君を止めようとしたけど彼の押しに負けたので今日だけ甘えさせてもらった。
「フラッペ好きは本当だったんだね」
「いや、フラッペとか高校生みんな好きだろ」
「それこそ偏見でしょ」
当たり前かのように言って期間限定のキャラメルクッキーフラッペを啜る依田君にツッコむ。
多面的に物事を見る人だと思っていたのだけれど撤回しようかと悩みながら、私は定番メニューのストロベリーフラッペを飲む。甘ったるくて冷たい、けれど自分達でも手が届くデザートの慣れ親しんだ味に安心感を覚える。最初は納得がいかなかったけどこのお店にして良かったと思う。
昼食といいちょっとした喜びを得られるって、実はしあわせなことなのだろう。だから、もっと生きたい。
「こういう、学生らしい素朴な日常が楽しいんだよ」
「うん。私も、同じようなことを考えていたよ」
「まあ、それが何気にしあわせだから、ついサボってしまうっていうか」
笑っているけれど、いつになく声のトーンが低い。心なしか遠くを見るような瞳もしている。
こうしたひと時がしあわせだっていうのは分かる。でも、別に私は何度もサボって手に入れたいとは思わない。
それぐらい、依田君は当たり前の日常を欲しているのだろうか。だとすれば、彼には普通じゃない何かがあって……何か苦しい時間が待っていて、それで、学校を抜け出して精神を維持しようとしている? それとも、つらくなる原因が学校にある?
「ねえ、依田君がサボって現実逃避しているのは、
開いた口に依田君が太めのポテトを突っ込んで話を遮る。仕方なく咀嚼すると主張しすぎない塩気が効いて美味しいけれど、どうして私が質問したタイミングなのか。
「直球だな、おい。その理由は直接聞くんじゃなくて桐沢が探し当てるんだよ」
しょうがないなと言わんばかりに笑う依田君に「そうだよね」と笑い返す。確かに私にわざわざ謎を解いてもらおうとしている依田君がつらい理由を答えてくれるはずがない。そもそも、彼が本気で人生に絶望していると確定したわけでもない。
そう思っていると、
「まだ、答えるには時間が必要なんだよなぁ……」
依田君から力のないか細い声で独り言が零れる。その表情は僅かに口角を上げながらも悲しい目をしている。意図せずに出た、彼の本心だろう。
「あ……うん。わかった」
今の様子で気づいてしまった。
依田君は、本当に、自殺願望を抱えているんだ。
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