人事部1
東京都葛飾区。
23区の外れにあり東側の県境に位置する区、そこに会社、公益財団法人ダンジョンワーカーはあった。昔廃校になった小学校を改築して出来た事務所は、当時の面影を残すように鉄柵は錆びて、なんの植物か所々で
今日は4月1日。近くの公園では桜の木に桃色の
春風が心地よい香りを運ぶ中、大きく開かれた入口に向かう若い女性がいた。真新しいスーツを身につけ、棒のように伸びた手足でぎこちなく歩く姿は、満員電車に揺られルーチンで足を動かす目の死んだ社会人たちとは違い、初々しさが滲み出ている。背は成人女性にしては小柄で童顔も相まっておおよそ成人には見えず、高校生、若しくは中学生にも見える彼女は怖いもの知らずに大きく足を広げて進んでいた。
名を夜巡 舞。比較的入りやすい国立大学を出たばかりの22歳、卒業間もない彼女が今日から働く会社は目の前にあった。門前には2人の男性、右も左も紺のジャケットという警備員らしい服装で、期待に胸膨らむ舞を見るなり磁石のごとく行く手を阻むように距離をつめていた。
「……入館証を」
左の警備員が言う。舞は慣れたものだと嫌な顔ひとつせず要望の物を
顔写真すらない臨時の入館証。明日には効力すら失ってしまうものを舞はこれみよがしに見せつける。それを見て警備員は数秒時が止まったように静止すると、身をずらし、
「――どうぞ」
「お疲れ様です」
定型文のやり取りをして、舞は警備員を後目にその1歩を踏み出した。
「今日からお世話になります、夜巡 舞です。よろしくお願いします」
数人の人が見つめる前で、舞は口上を述べ頭を下げる。同時にパラパラとした拍手が鳴り響いた。
男女含め6名。その
……ヤバいとこに来たかなぁ。
舞はこれから一緒に仕事をする仲間を見渡して、抱いた感想に頬を引き
その空気を一掃するかの如く、手を叩き風船を破裂させたような音が駆ける。唯一にこやかに、含みのある笑みを浮かべていた男性が声を発していた。
「ほら、頼もしい新人も来たことだし、皆挨拶挨拶」
弓なりに目を細める彼にどこからともなく重いため息の調べが聞こえる。いつもの事なのか、いつもの事なんだろうなと舞は飲み込む他なかった。
「人事部課長の
舞から1番遠い場所にいた男性が自己紹介をする。初老すぎの
「私は
意味深な発言を残して挨拶したのは女性だった。新堂の隣に立つ彼女は名前から察するとおり日本人には見えないが、それよりも、決して低くない新堂より高い身長のほうが目についていた。
モデルのようにスラリと伸びた手足と身長。幼児体型の舞とは何もかもが違う。そこにあったのは資本主義のもたらした、まさに貧富の差だった。
そこから時計回りに自己紹介は進んでいく。
「……とことこ」
「えっ、何ですか?」
女性の、下手なバイオリン弾きのような
全身を覆う盾にされた辛は
「この子は
「はぁ……よろしくお願いします」
よくわからないまま舞は辛のお腹辺りに目を向けて頭を下げる。同時に戸事の頭だけ横から飛び出して会釈を返すとまたすぐに隠れてしまった。
個性的だなぁ……。
社会人としてどうかと疑問を抱くが舞は飲み込んで次の人に目線を流した。
「僕は
「……はい」
屈託のない笑みを浮かべる男性を舞は
その目線に気づいたのだろう、波平は困ったように頭を
「ごめんね。多分だけど希望に添える程特徴ないんだ」
「あっいえ……ごめんなさい」
申し訳なさげに謝る彼へ舞も頭を下げて謝る。お互いそれ以上言う言葉が見つからず、気まずい雰囲気が漂っていた。
それを打ち破ったのは最後の1人、最初に話を振った男性だった。
「まあまあ、お見合いじゃないんだから。そんなに照れくさそうにしてないで」
「照れてるわけじゃないと思うけど」
辛が呆れたように首を振り、横槍を入れる。男性はそうなの? と目を開いていたが、わざとらしい態度が舞の鼻につく。
たぬきだなぁ……。
決して好ましくは思えないけれど、上に立つ人間には必要なのだろうと舞はぎこちなく笑う。直接被害を加えるようでなければなんでもいい、むしろ無能な上司よりましと自分の気持ちを納得させていた。
「じゃあそろそろ――」
「部長の紹介がまだですよ」
「……あぁそうだね、忘れていたよ」
男性はぽんと手を叩く。
突き刺さる冷めた目線にもまるで態度を変えない男性は、
「ここ、人事部の部長をしている
「夜巡です」
「お堅いこと言わないでよー。今日から一緒に働く仲間でしょ?」
「親しき仲にも礼儀あり、ですよね?」
舞は笑みを向ける。その引く気のない態度に周りの方が慌て出す。
緊張感から部屋の温度が下がったように感じられるなか、雰囲気を打ち砕いたのは狂島だった。彼は長めのため息をひとつ、やれやれと首を振ると、
「舞ちゃん――」
「夜巡です」
「……よろしくね、夜巡さん」
「えぇ、よろしくお願いします」
舞は頭を下げながら勝ったと見えないように拳を握る。何に対しての勝利なのか、そんなこと誰にも分からないが、周囲からはおぉと感嘆の声が湧く程度には評価されることだったようだ。
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