半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

「だああー!」


 つるりと磨かれた岩肌で四方を囲われた洞窟を夜巡よめぐり まいは一人走っていた。

 人一倍小さな足を目いっぱい動かし地面を蹴る。等間隔に並ぶ松明の灯りは陽炎のように揺らぎ、深淵しんえんへといざなうかのようだ。

 途中、意地の悪い幾つもの分かれ道が行く手をはばんでいた。それを舞は手持ちのメモに目を落としながら軽快とは程遠い足取りで走破そうはする。

 右、右、左、下……下!?

 メモをしわくちゃになるまで握りしめて舞は前を向く。そこには道案内のとおり直線の通路の真ん中にぽっかりと空いた穴があった。

 前へ前へとく足をくいのように地面に突き立てブレーキを掛ける。勢い余って前のめりになる上半身を両手を風車のごとく回してこらえると、真っ暗な奈落の底の手前でゆっくりと静止する。

 舞はほっと一息つく。つま先から蹴り落ちた小石が斜面を伝って穴に吸い込まれていくが、転がる音は小さくなるばかりで終点の音は聞こえない。

 ……ここかぁ。

 落ちたら二度とい上がれないような暗闇に舞は引きつった苦笑いを浮かべていた。目的地にたどり着く為にはここを降りなければならないが、はたして降りた先で無事でいられるかも分からない。

 無理でしたと泣き言の1つも言いたい気分だが状況はそれを許してはくれない。先程から聞こえている騒音は徐々に大きく、舞を追い詰めていた。

 躊躇ちゅうちょしている時間はあまりない。無数の足音が舞の来た道から手ぐすねを引くように攻め立てている。

 ……ええい、南無三なむさん

 意を決して舞は1歩踏み出した。

 跳ねて穴に落ちていく。滑り台のようになだらかな斜面を風を切って進むと視線の先に小さな白い点が見えていた。

 灯りだ。徐々に大きくなるそれが終点を示している。舞は予想できる最悪の事態に備えて身体を丸めていた。

 ……性悪しょうわるっ!

 一瞬視界が白に染まる。案の定空中に放り出された舞は迫る地面に対して両足で着地、そのまま前転を2回していた。

 ……いったぁ。

 硬い岩に擦り付けた肩や腰が痛む。患部を擦りながら天井にぽっかりと開いた穴を恨めしそうににらんでいた。

 後続が来る気配はない。耳をすませてしばらく確認していたが舞はそれを確信するとまたメモを見る。

 目的地は……すぐそこね。

 行先を確認し、くしゃくしゃになった紙を丁寧ていねいに折りたたむ。腰につけたバックからクリアファイルを取り出してしまいこむと先程までの痛みを忘れたようにしっかりとした足取りで進んでいた。


 たどり着いたのは、石製の扉の前だった。

 平均より低い身長の舞だと見上げるほど高い扉にはライオンのような動物をかたどった意匠いしょうが施されていた。左右にらみ合うように扉を守る彫刻は、さほど詳しくない舞の目にも精巧で価値のあるものに見えていた。

 しかし今は美術品を見学に来たわけではない。仕事のため、用事をこなすためにはこの扉の先に行かなければならなかった。

 宙を見て、舞は首を左右に振る。いくら探しても、扉を開けるドアノブのようなものは見当たらない。日本式の外開きではないとしても、押して開くような軽い扉にも見えない。

「すみませーん、ダンジョンワーカーの者ですがー」

 舞は拳を作り、ハンマーのように扉をたたく。ひんやりとした石は相応に硬く、打ち付けた箇所から悲鳴のような痛みが走る。

 ……。

 しばらく待っていたが反応はない。舞が思わず真顔になる程度には時間が経過した後、がりがりと耳障りな音を立ててゆっくりと扉が開いていた。

 扉に挟まれた隙間から漏れる一筋の光はその太さを増していく。その光を背負って一人の人物が立っていた。

 大きい。舞は彼を見てそう感想を抱く。人類の最高記録を優に超える身長は舞を二人積み上げてちょうどいいくらい。きりっとした目立ちに白の貫頭衣かんとういを身に着け、石の彫刻のように太くたくましい腕は青銅せいどう色がむき出しだ。右手には鋭い金の穂先が輝く、先端が二又に分かれたやりを持っていた。

「――何用だ、赤き民よ」

 異形の男性は瞳だけを下に向けて喉を震わせる。何気ない言葉のはずなのに空気はビリビリと振動し威圧感があふれ出す。

 怖い。普段相手するクレーマーとは違った怖さが舞を襲う。このまま後ろを向いて走り出したい気持ちを抑えて、舞はバッグから封筒を取り出す。A4用紙が入る角2封筒だ。道中ついてしまったしわを丁寧に伸ばして、

「こちら、住民票申請書類になります! 必要事項を記入の上3か月以内の提出をお願いします!」

 斜め45度に腰を曲げ表彰状の如く封筒を両手で差し出していた。

 男性は聞こえていないのか様子を見ているのか、微動だにせず胸を上下させていた。舞は不審者を見つけた時の警察のような鋭い視線を後頭部に感じながら、この時間が早く終わることを祈っていた。

「――赤き民よ、おもてを上げよ」

 じんわりとにじんだ汗が大きなたまを作るほどの時間が経ってから、男性は感情のない無機質な声で語りかける。

 舞が姿勢を元に戻すと、男性は指先で器用に封筒を受け取る。手渡しなので封緘ふうかんしておらず、男性は中の書類を見るとペラペラと札束を数えるように確認していた。

 そして、

「そちらの文字はまだ読めんのだ。代読と代筆を願う」

「わかりました」

 返された書類を胸に抱え、舞は深く頷いていた。

 それともうひとつ。思い出したようにあっと言葉をこぼし、気恥ずかしげに頬を赤らめると、

「……すみません。仲間の人が来るまで匿ってもらえませんか?」

 客に対して不躾ぶしつけな要求をしていた。

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