第20話 ヴェルの真意



車の中でヴェルが言う。

「ねえ、本当にパートナーにならない?」


俺はちょっと考え、聞き返した。

「どういうパートナーを意味しているのかな?」


ヴェルが答える。

「もちろん、人生のパートナーよ。今回、私はあなたに大きな恩を受けた。普通じゃ、返しきれない。だから、私の人生で報いたい。」


「そこまで気ににしなくてもいい。俺はやりたいようにやっただけだし、損もしていないからな。」


「あのお金で、あなたと共有のホテルを作りたい。借入すれば、6億ドル以上のホテルが作れるわ。リリボアと同じか、それよりいいものを。」


「俺は、ギャンブルしたいだけだ。胴元には興味はない。」


「でも、あなたもいつか老いる。そのとき、あなたの資産を誰かに渡さないといけない。それならあなたの遺伝子を引き継いだ相手に渡したほうだいいでしょう?  そうでないと、あなたの兄弟が持っていくわよ。」


その観点はなかった。俺に何かあったとき、俺の金が兄弟に渡るのは嫌だな。


「私にしても、変な男、例えばトーマスと結婚なんて死んでも嫌。

そんな話だって出ているのよ。チャオ一族の繁栄だって。 もちろん一族の繁栄は望ところだけど、相手が内輪である必要はないわ。」


「俺もチャオ一族の一員になることに興味はないんだが。」


「結婚しなくてもパートナーでいいわ。ほかに妻が居てもいい。私だって、第三夫人の孫なんだから。」


「ずいぶん譲歩してくれるんだな。ほかの女がいてもいいのか? たとえばスーザン・チャオとか。」


スーザン・チャオというのはマダム・ノワールの地味な娘だ。


「あんな女がいいの?」

ヴェルが露骨に嫌な顔をする。まあ次世代のライバルの一人ではあるだろう。

仲良しお親戚ではないようだ。


「少なくともスーザンだって資産家の娘だしな。」


「ひどい人ね。」

「俺は初めからそうだよ。」


「でも、そんなあなたの子供が欲しいわね。どうせ家を継がせるなら、豪胆な男の血を引いているほうがいいわ。ついでに、あなたの資産も引き継がせられるわよ。」


「俺はもっと種をばらまくかも知れないぜ。」

別にヴェルと子供を作ったとしても、他に子供ができたらそっちに渡すかもしれない。


「望むところよ。私はスタン・チャオの孫。そしてこの一族でも、同世代で最も有能と自負してるわ。あの地味女には負けない。」


「まあ、別に彼女を抱いたわけじゃないからな。リチャード・クオックの妹のほうがずっといい女だ。」

リチャード・クオックというのはマレーシアと香港を往復している、富豪の息子だ。

俺はこいつとも仲がいい。


「あら、マレーシアのクオック? ジョホールで損してるんじゃないの? ギャンブラーのあなたにはゲンが悪いわよ。」


ジョホールというのは、シンガポールから国境を越えたところの町田。日本では昔のワールドカップ出場を決めた「ジョホールバルの歓喜」で知られている…はずだが若者は知らないようだ。俺も知らない。


そのジョホールは大きなビルが沢山立ち、アラブの金も入って大規模開発をしている。ちなみに、ヴェルもここにあるオーストラリアの大学に行ったという。


ただ、この地域は、隣接するイスカンダルという都市とともに、供給過多に苦しんている。



「おお、よく知ってるな。」

「さすがに、これくらい知ってないとアジアでビジネスは出来ないわよ。」


「それもそうだな。」


実際は、リチャートの妹から言い寄られたこともあったが、拒絶した。

クオック一族のごたごたに巻き込まれたくないし。何より女としての魅力がまったくなかった。


結婚したら仮面夫婦確定のようなものだ。新婚初夜からほかの女を抱いて紛糾するのが目に見えている。いや、そこまではしないかもしれないが。


「まあ、リチャードの義弟になりたくもないが。」


「私は子供が3人以上ほしい。全部あなたの子供でもいいし、あなたの種以外があってもいいわね。」


「どうせなら俺、ロバート、リチャードの3人の子供なんてどうだい?」


「あなた、友達に自分の彼女を抱かせるの?趣味悪いわよ。」


「日本じゃ、こういうのを兄弟って言うんだ。親愛の印さ。」


「4人でゴルフやってそのあと乱交?遠慮しておくわ。」


こんな話をしているうちに、ホテルに着いた。・

「考えておいてね。」ヴェルはそう言って、カイエンを預けて執務室に向かった。


俺は部屋に戻り、考える。

「子供か…」


今まで考えたこともなかった。女を抱くにしても、プロでない場合には配慮している。


アジアでは、「一族の繁栄」を命題としている連中が多い。結局それは、裏切りとかが多いので、重要なポストは身内で固めたい、という思惑がある。


日本でも昔は「家」を主体で考えたわけだが、今は違う。

だからこそ俺の親父も、兄弟に平等に資産を分けたのだ。


それで俺は海外移住してしまった。

もう、親兄弟と会うこともまずない。


兄弟仲は別に悪くなかったが、だからといって頼る気も頼られる気もない。

その意味で、ヴェルの考えは意外で、ちょっと新鮮だ。


ふと気づいた。スーザン。チャオとたとえば結婚したら、トーマスが義兄になってしまう。

やはりありえないな。


まあ、俺は投資家であって実業家ではない。

傾いたリリボアを何とかする、なんて気はさらさらない。


ただ、ヴェルの新しいホテルにはちょっと興味あるかもな。

ハイ・ローラーが好む形のテーブルを作って、リタにルーレットを回させる。


ブラックジャックはダブルデッキを主体にし、マカオでは少ないテキサス・ホールデムを広げる。


レストランではキノ(数字当て)、庶民テーブルではクラップス(サイコロ)だけでなくてパイガウポーカー、それからパイガウ(中国のドミノのような札遊び)そのものもいいかもしれない。


クラップスだけでなく日本の丁半もいいし、日本では禁止されている手本引きを導入するのも面白い。


いかん。何だか楽しくなってきたぞ。






それから俺はもう4日、マカオというか、ヴェルのホテルに滞在した。


「答えは、飛行機に乗る時に言うよ。」俺はヴェルに言う。


チェックアウトの時に、タンが来た。

「いろいろありがとう。」俺はタンに言う。


「いえいえ、手数料を4つのホテルで貰えたから、十分ね。」

彼のようなジャンケットは、俺のようなハイローラーをホテルに紹介することによって手数料を貰える。 基本的に、ホテルに預けた金額の10%とかだ。


何だかんだで数百万万パタカにはなったはずだ。1億円以上なら、何の文句もないだろう。何なら引退したっていいかもしれない。


俺はそのあとタンの報告を聞く。

そして、「ありがとう。またな。」と言って別れる。タンは俺と握手し、そのまま車に乗って帰っていった。


「さて、行くか。」

俺はヴェルのカイエンに乗り込み、マカオの空港を目指す。


今回はシンガポールへ戻るので、SQ(シンガポール航空)だ。

ここのファーストクラスはサービスが適正でありがたい。


東京便だと、酔っぱらった日本人の男がCAに触ったりして問題になることがある。シンガポールではそういうのは重罪だ。 航空会社も厳罰で臨む。


その後の搭乗拒否など当たり前だ。


まあ、俺の場合はシンガポールに着いてから、CAから誘われて、マリナ・ベイ・サンズのペントハウスで二人で同じ方向の夜景を見ながら楽しんだ経験もあるのだが。


空港に着いた。

SQのカウンターでチェックインし、荷物を預ける。


「ミスターハリタ」声が聞こえた。




==

帰る前にもう一回イベントがありそうですね。


「手本引き」(本引き)というのは、日本の古典的なギャンブルです。


これ、道具を持っているだけで逮捕される、という噂が昔ありました。

どんなものか、ご興味あるかたは調べてみてください。


でも、やっちゃだめですよ(笑)。


次回 ついにマカオを去ります。



「面白い」

「続きが気になる」

「マカオ行きたい」

「カジノ当てたい」

「金がない」

「反応ないと作者がかわいそうだから」

「愛田さん、抱いて!」(女性のみ。人妻、合法ロり可(笑))

など少しでも感じられたかたは、★、コメント、ハート、レビューなどください。

(この項目、復活しました。)




ヴェル「ここまで女に言わせて、ひどい男ね。」

レイ「でも、俺も本音だよ。いい女は抱きたいし、面倒は避けたいし。」

ヴェル「あなた、いつか女に刺し殺されるわよ。」

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