第19話 換金

俺はそれからグランド。・ゴンドラに二泊、そしてトランスコンチネンタルに三泊した。


どちらも初めての滞在だ。


どちらにも2000万パタカ預け、1000万パタカ使って残りは預けたままにした。

これでギャンブラーとしての実績もできたし、次回以降の滞在が楽しめそうだ。



まあやっていることは夜のハイローラーテーブルでのギャンブル:がメインだ。

朝はゆっくりしてそのあと泳いだりジムでエクササイズ、その後は部屋で投資先の確認をしたり、演劇やコンサートに行ったりだ。


時々ヴェルには連絡を取っている。

一度、こっちが暇な昼間に、タンに頼んで高級コールガールを呼んだ。


それはそれで楽しんだのだが、翌日ヴェルからクレームが入った。


女が欲しければ自分を呼べと。


「君は忙しいだろう?」俺が言うと

「忙しいかどうかは私が決めるの。 本当に忙しいときは、リタを送ってもいいし、ほかにも紹介するわ。」


「コールガールならあとくされがないんだが。」

「必要なら、女は私が手配してあげるから、変な女に手を出さないで。」


なかなか言ってくれるな。

まあ、まだ例の件が片付いてないので、こっちとしてもヴェルとの関係を損ねるわけにもいかない。


結局、その後はときどきヴェルのホテルを訪れることになった。

ギャンブルの時間は、宿泊先のホテルが優先なので、午後とか朝とかちょっと変則的な逢瀬になった。



「朝はやめといたほうがよかったわ。体力的にきついわね。」ヴェルがこぼす。

「そんなこと言わずにもう一回。」

「…ばか。」


その日、。ヴェルとは結局夕方まで一緒にいた。

「これならうちに滞在したほうがいいじゃない。」:ヴェルが言う。


「いや、他とも良い付き合いをしないとな。:俺は言う。

これは事実でしかない。 

俺は、可能な限りカジノのある都市に複数の定宿を作る。


マカオには二つあったが、どちらもマダム・ノワールのグループだった。

いずれにしてもヴェルのホテル以外の新規開拓が必要なのだ。


ただ、俺は結局ヴェルのホテルに戻った。

ヴェルと会うために出かけるのも面倒だったしな。




その日、俺は香港マカオ銀行に向かった。

待っていると、ヴェルと2人の男たちがやってきた。



ヴェルが言う。「紹介するわ。ジェームズ・チェンとパトリック・スミス。

ジェームスは弁護士、パトリックは会計士ね。」


俺は二人と握手する。

「ヴェルのビジネス・パートナーのレイ・ハリタだ。今回はよろしく頼む。」


この二人は、ヴェルが海外に持つSPC(特別目的会社)の関係者だ。

香港やマカオの富裕層は、ほぼ全員が中国政府の手の届かないところにオフショアの会社を持っている。いざというときに資金を差し押さえられられないためだ。・


「ケイマンのチャリタブル・トラストの出資でケイマンに会社を作って、その出資でブリティッシュ。バージン・アイランドに会社を作っています。今回の送金はBVIの会社の口座への振込です。」


俺は一応ジェームスに聞く。


「AML-CFTやFATCAは?」


「AMLやKYCは全部済んでいます。まあもともとHMB(香港マカオ銀行)は理解があるので話も速い。すべて問題なしですよ。」


ヴェルもうなずく。


ちなみにAML-CFTというのは、マネーローンダリングやテロ対策としての手続きだ。

KYCやFATCAも身元確認やら実質支配者が誰であるかの確認だ。海外マフィアやテロに大しての資金の動きを制限するものだ。


この前、蔡と劉、香港とマカオのマフィアにチップを渡したのも同じ理由だ。

金の動きを見えにくくすることが必要なのだ。


銀行の担当者が入ってきた。

「別室へどうぞ。」


俺たち4人が行ってみると、そこには20人くらいの人間がいた。

全員、イスラムの服装をしている。


「さすが王族だな。」俺がつぶやく。


ヴェルを横目でみると、引きつっていた。

「ちょっと、目立つのはごめんよ。」


俺は言う。

「大丈夫だよ… たぶん。」

ちょっと自信がなくなってきたが。



サイードがにこやかに近づいてきて、俺と握手する。

「やあ、レイ。今日はよろしく。そちらのお嬢さんが売主かな?」


「アッサラーム・アレイクム 殿下。仰せの尾とおりです。」

俺は一応、ほかの人たちに気を使い、丁寧に対応する。


「ほかの連中のことは気にしないでいい。いつもどおりで頼む。」


こういう王子様だからなあ。

まあ、そのほうがこちらもありがたい。


「アッサラーム・アレイクム。ヴェロニカ・チャオです。よろしくお願いします。」

ヴェルが挨拶する。赤いスーツを着ている彼女は、今日も美しい。


まあ、イスラムの連中からすれば、女性のこんな恰好は言語道断なんだろうが。


「じゃあ、普段の調子で。 そちらの準備は整ってるかな?こっちは大丈夫だ。ただ、銀銀行のせいで、ちょっと書類が必要になってしまったから、そこは悪いが頼む。」


「ああ。銀行から大使館に連絡があって、書類は見させている。大丈夫だ。問題ない。」


横に控えていた銀行の人間が一礼した。

「殿下、お手数をおかけします。」


「じゃあ、始めようか。まずは書類の確認だな。」俺は言う。

こちらの弁護士、ジェームズが書類を取り出した。


銀行員に渡す。銀行員は確認して、うなずく。


「殿下も書類をお願いします。」俺が言う。

サイードは控えている人間に目くばせすると、書類が出てきた。 みみずののたくったような書類だが、それに翻訳が付いている。

どっやらアラビア文字で書いたものが必要らしい。


銀行員はそれを見て目を細めたが、英文の内容を確認し、コピーを取る。


「では次に現物の確認を。」俺は言い、ヴェルに目くばせする。

ヴェルは、美しい宝石箱を差し出した。



サイードが後ろの人間に指示を出し、受け取らせる。

王族は直接こういうことはしないらしい。


専門家らしい男が、ルーペで見たり、光にかざしたり、重さや寸法を図っていた。

そして、機械を出し、宝石を乗せた。


どうやら今はダイヤの鑑定にもハイテクが使われるらしい。


男がダイヤモンドを箱に戻し、ヴェルに渡した。

そして、アラビア語で何かを言う。

サイードがうなずいて、こちらを向く。


「確認できた。では取引を。」



サイードの部下が書類を持ってくる。契約書だ。

すでに向こうは捺印してある。ハンコというか花押というか、いわゆるメダリオンという、印章だ。


弁護士のジェームスが確認し、会計士のパトリックがサインする。

ちなみに、パトリックはSPC(特別目的会社)の取締役会から委任を受けた代理人だ。あくまでペーパーカンパニーだいあら、SPCにヴェルの名前はない。


それでも実質的にヴェルが自由にできるようになっている。

この辺は世界の金融界の常識だ。


サインの後、銀行の人間ががコピーを取る。

これで契約完了だ。


銀行員が言う。「では、送金をします。書類をお願いします。」

サイードの部下が送金指示の書類を渡す。



銀行員は、一度奥に下がる。

10分ほどで戻り、俺に紙を見せる。


「これがMT103です。送金完了しました。」

MT103とは、SWIFTという銀行間送金で発行される、送金確認書だ。

これが出れば、送金は完了したことになる。


これが、270ミリオンドルの送金証明だ。


俺はちょっと見て、ジェームズ、パトリックに確認させる。

「OKです。」

パトリックが言う。


ヴェルはうなずいて、宝石箱をデスクに置く。

部下が受け取る。

念のため、機械で再度チェックしている。


すり替えられてないことを確認するためだ。まあ、詐欺師はこういうところですり替えとかするからな。 ただ、俺はサイードの国と争う気はない。


イスラムの国の裏組織は恐ろしい、恨みを買うと、全身めった切りにされることだってあるのだ。


確認が済んだ。


「これにて完了だな。サイード、ありがとう。」俺はサイードに言う。

「こちらこそ。良い取引ができた。もうすぐ式典があるからな。王家として感謝している。」



こうして、無事に受け渡しが終わり、俺はヴェルのカイエンに乗り込んだ。

またヴェルのホテルに戻ることになっている。


走る車の中でヴェルが言う。

「ねえ、本当にパートナーにならない?」




==

無事に受け渡しが終わりました。

ヴェルは何を言うのでしょうか?



次回、ヴェルの真意が明らかにになります。

そしてマカオを離れる日が…




ヴェル「ねえ、あの手続きの描写必要だった?」

レイ「だって行数稼げるじゃん。」」

ヴェル「意味わからない横文字ばっかりで、読者に逃げられちゃうんじゃないの。」

レイ「…こ、ここまでつきあってくれた読者なら、大丈夫だよ。…きっと。」」

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