第18話 劉


俺は両手を挙げて車から出た。


劉が言う。


「おとなしく小切手を渡してくれれば、それでいいですよ。」


「さすがに簡単に渡すわけにはいかないな。そうしなかったらどうなる?」

俺は返答する。


「その場合には力ずくで渡してもらうことになります。

口を割らないときは…わかりますよね。



あなたはホテルからそのまま車に乗って今に至ります。ということは、小切手もどこかにあるということですよね。」


「そうかもな。」俺は言う。


「今は小切手をスマホでデポジットできますが、この金額では多分無理です。ということは、どこかにあるわけです。あなたが動けなくなってから探してもいいですが…。」


「それは勘弁してほしいな。俺は痛いのは嫌いなんだよ。」


俺は言う。これは本音だ。


「じゃあ、おとなしく小切手を渡してください。でないと…」

劉が言いかけたところで、別の声が聞こえた。


「そこまでだ。」


声の方を向くと、白い服の男たちが、黒服の劉の部下たちを抑えていた。


そして一人の背の高い男が近づいてきた。白い帽子を被り、真っ白なスーツで、白いシャツに白いネクタイ、足まで白いエナメルの靴を履いている。サングラスだけが黒になっている。


「よう、劉。今日は納めてくれないか。」


「白龍(バクルーン)の蔡か…なぜここに?」


白龍というのは、香港マフィアの一派だ。もちろん通常は香港にいるはずだ。

まあ裏社会の同業者だ。付き合いはあるだろう。


蔡という男が言う。

「こちらの旦那は、うちのスポンサーのご友人でね。守ってあげるよう頼まれたのさ。ここは収めてくれ。」


劉は思案していたが、答える。

「まあ、いいだろう。ただ、何もなし、ってのもな。」


俺は言う。

「ここに、リリボアのチップが二枚ある。お互い1枚ずつ取って、収めてくれないか。」


実は、リリボアの1000万パタカのチップはあと二枚あった。

これは、念のため、というか、今回のことを見越してとっておいたのだ。


「まあ、仕方ないですね。白龍と事を構える気はないですし。「

劉が言う。



「賢明だな。」蔡が言う。

蔡は、部下に対して、「放してやれ」、と指示をする。


俺は劉に言う。

「劉、この前のお嬢さんはご存じのとおり第三夫人の娘だ。彼女にも手を出さないでおいてくれ。」


「ああ。わかってる。俺たちはもともとスタン・チャオがお得意さんだったからな。あまり、一族のごたごたには関わりたくないんだ。この前は、彼女がかかわってるのを知らなかったんでな。」


「カイエンで移動しなかったからな。まあいい。ありがとう。よろしく頼むよ。」

俺は劉に言う。


劉は部下にバリケードを片付けさせて、去っていった。


俺は改めて蔡に礼を言う。

「助かった。本当にありがとう。ロバートにもよろしく伝えてくれ。」


そう言いながら、リリボアのチップを渡す。


「まあ、坊ちゃんに頼まれたら仕方ない。うちの車も役に立ったみたいだな。」


実は、昨夜のうちに、タンからロバートに対し、香港マフィアの紹介を頼んだのだ。

ロバートはすぐに動いてくれ、蔡が部下を連れてマカオまで来てくれたのだ。


あのレクサスは白龍がマカオで持っている防弾の特殊装甲車だった。GPSがついていて、われわれの場所はしっかり把握してもらっていたのだ。


白龍は、マカオにも拠点を持っているが、それほど大きなものではない。


大きな案件があると、このようにジェットフォイルでマカオまで香港から出向くのだ。


「まあ、収まってよかった。こっちとしても、アウェイでドンパチやりたくはないからな。」蔡が言ってくれる。 だが、ドンパチやる用意はあったようだ。


「出張ありがとう。」俺は再度礼を言う。

「まあ、とりあえず実費以上にもらったからな。こちらとしてもありがたい。 さすがにうちもシンガポールまでは拠点がないが、香港で何かあったら力になるよ。」




蔡が言う。

「ありがとう。その時はよろしく。そんな時は来てほしくないけどな。」俺は笑う。


「トラブルってのは、来て欲しくないときに来るもんだよ。」蔡が言う。


「そうだな。お願いするときはロバートか、あるいはこのタン経由で連絡するよ。じゃあ、そろそろ行くとしよう。」



俺は蔡と握手をし、車に乗り込む。

タンに「ホテルじゃなくて、ユナイテッド・インターナショナル銀行に先に行ってくれ。」


「それがいいね。」タンも同意する。

小切手をいつまでも持っているのは得策ではない。


俺は車の中でスマホを出し、、ロバートにショートメッセージを送る。

「解決した。ありがとう。」


「これで貸し借りなしだな。次回はリチャードも入れてやろう。」

ロバートから返事が来た。

リチャードというのは別の大富豪の息子、リチャード・クオックだ。こいつはマレーシアと香港を行ったり来たりしている。


「ああ。楽しみにしてるよ。」俺はそう返事して、スマホを閉じた。


俺は銀行に行き、無事に小切手を俺の口座に入金した。

今回受領したのはキャッシャーズ・チェック。すなわち不渡りが起きない小切手だ。

まあそれでも、預けたほうが心の平穏が保てる。


そのあと俺は新しいホテルにチェックインす。

グランド・ゴンドラホテルは、アメリカ資本だがヨーロッパの街をイメージし、ホテルの中の運河にゴンドラが運航されているという趣向のホテルだ。



ヨーロッパへ観光したことのない中国人にはいい娯楽だろう。


タンが手続きし、2000万パタカの小切手を渡し、カードと1000万分のチップを受け取る。

これでちょっと遊ぶつもりだ。


食事しようか、とタンに言ったが、タンは車を返さないといけないから、と帰っていった。

まあ、白龍に借りた車だ。ちゃんと返さないとな。


しかしトーマスは本当に嫌なやつだ。マダム・ノワールにもしっかり認識してもらわないとな。


俺を二度も怒らせたんだ。しかも今度はかかっている金額が違いすぎる。



===

ちゃんと、ピンチを切り抜けることができました。

レイの準備が功を奏したということですね。。

危機回避の段どり、大事です。


バクルーン、というのは広東語ですね。

北京語ならパイロですね。ン



ちょっと短いですが、今回はここまでです。


次回は宝石の受け渡しです。






レイ「蔡、白い長袖のスーツは暑くないのか?>」

蔡「黒よりはマシだよ」

劉「うらやましい。でも、黒なら汚れが目立たない。」

蔡「白いスーツは毎回クリーニングなんだよなあ…」

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