第9話 リタとホテルリリボア
夜6時。俺はフレンチレストランに行った。
入り口のバーに、サングラスをした金髪の女性がいた。
俺にはそれがリタだとすぐにわかった。
「待たせたね。今日は雰囲気変えてるんだね。」俺は言う。
「すぐわかったの?つまらないわね。」リタがサングラスのまま笑顔で答える。
「まあ、このレストランで食事をするのは、ほかの連中にはあまり知られたくないんだろうから仕方ないさ。」
俺が答える。
リタもうなずく。
俺たちは、奥の個室に通される。
例によって、存在すらわからないような部屋だ。レストルームまでついているので、部屋の外の有象無象の連中にに知られることもない。
メニューが渡される。
俺には価格がついたもの、リタには価格のついてないものだ。
「最初はシャンパンでいいかい?」俺が聞くと、
「ええ、お任せするわ。」
俺はウェイターに対しモエ・シャンドンを頼んだ。
シャンパンはシャンパーニュ地方でできたもののみを指す。そうでないものはスパークリングワインだ。
モエ・シャンドンは当然モエ・ヘネシーが作るシャンパーニュだ。
メニューを見ながら、俺はリタに聞く。
「嫌いなものとか、食べられないものはあるかい?」
「嫌いなのは、偉そうな国営企業か党のブタ。食べられないものは、ブタから誘われる食事。あとはトカゲくらいかしら。」
サングラスを外したリタが笑う。
「その辺、あとでまた聞こうか。とりあえずはCコースでいいかな?」
メニューを一瞥したリタはうなずいた。
ウェイターがシャンパンのボトルとグラスを2つ持ってくる。
彼は俺にモエ:シャンドンのラベルを確認させると、ナプキンで瓶の口を囲み、自分で瓶を開ける
スポっといい音がする。ウェイターは俺たち二人にシャンパンを注ぎ、蓋を閉めて氷水の中に漬ける。
「ダブル・ゼロに乾杯。」
「乾杯」
俺たちはシャンパンに口をつける。
俺はウェイターにCコースを注文する。
魚、肉についてそれぞれアントレ(メインの食事)を選べる。
リタはブイヤベースとトリのソテー、俺はレッド・スナッパー(鯛)のポワレと1ポンドのTボーンステーキにした。
オードブルのテリーヌなどのアソートが運ばれてきた。
上品でいい感じだ。
「あらためて自己紹介しよう。レイだ。日本人だがシンガポールに住んでる。」
「リタ・スチュワートよ。」
「スチュワートってことは英国系?:俺は聞く。
「そうね。父は香港の英国人で、香港の女性と結婚したの。ただ、父が事業に失敗して、両親ともいなくなってしまったわ。私はマカオのカジノ学校に何とか入学して、それからはいろんなカジノでディーラーをやってるのよ。」
「そうかい。ここの前はどこに?」
「リリボアが長いわね。でも、あのババアとドラ息子が気に喰わないので、結局こっちに来たのよ。」
「おお、マダム・ノワールかい。そんな悪い人には見えないけどな。」
「基本的にケチなのよ。 だからこそ親族内で争っているのよ。」
マダム・ノワールというのは、マカオ最大のカジノ、ホテル・リリボアのオーナーであり、カジノの父と言われるスタン・チャオの第一夫人の娘にあたる。
第一夫人派閥のトップであり、チャオ一族の末裔の中では最大の資産を誇っている。
資産としてはヴェルの第三夫人グループの5倍くらいあるだろう。
「でも、リリボアは大改装してすごいホテルになったじゃないか。」俺が言うと、
「あれでも当初プランの半分くらいに減ったのよ。それと、息子が変に口を出してきてる。
でも、後継はまだ決まってなくて、息子と娘、あとは傍系の男性が後継争いしてるわね。」
その辺の噂は聞いたことがある。
リリボアの改装について、マカオ行政府はOKを出したものの、中央政府が難色を示して、銀行からの融資がつかなかったことがあるらしい。
そこは外資を入れようとする癒着官僚の横やりだ。
結局はいろいろな裏金が飛び交った結果、いまの規模になったらしい。
スタン・チャオの第一夫人という神通力ももう消えつつあるのだろう。
まあそうは言っても最大の資産を持つ一族であることには変わりない。
「そうかい。リリボアはよく泊まるけど、君に会ったことはないな。」
「そうね。VIPテーブルはベテランしか触れないもの。ここみたいに、私の年齢と外見でハイローラーを相手にできるところは少ないわ。」
それはそうだ。
ベテランのディーラーは引手あまただ。
リタがここでハイローラーテーブルにいるのは、裏を返せばヴェルのホテルの人材不足を物語っているとも言える。
「チップのフェア・シェアはもらえそうかい?」俺は聞いてみる。
先日渡した1000万ドルのチップは、他のチップが合算され、貢献度に応じて割り振られる。
今回はリタの収入が突出してしまったから、どうなるかという問題はあるそうだ。
「でも、たぶんあの8-9割くらいはもらえると思うわ。このホテルはそういうところで変なことしないもの。たぶん明後日にはもらえるわね。そうしたらほかに移ろうかしら。査定もだめだろうし。」
「今日、ヴェルと話たよ。きみの査定は元通りだよ。君が負けたのは事故だし、その分は大部分補填したから大丈夫だよ。」
俺が言うとリタは驚いた顔をする。
「え?1億7000万ドルよ?」ここでいうドルとは香港ドルのことだ。
「今日、1億5500万パタカをヴェルに渡した。もう問題ないよ。」
「それならそうかも。でも、この前勝ったお金を返しちゃったの?せっかく勝ったのに。」
リタは信じられない、という顔をする。
「カジノとは、持ちつ持たれつの関係をキープしたいから、勝ちすぎないようにしているんcだ。」俺は笑う。
「負けるときは?」
「まあ、そんなときもあるけど、その時は気分を変えるだけさい。」
「そんなものなの?私には理解できない。でも、せっかくだからもう少しこのホテルにいることにするわ。ヴェルの下は働きやすいからね。」
俺は、彼女にゴールドブラックのチップを渡すのはやめることにした。下手に渡したら、その場でやめてしまいそうだ。
「もう少しいてくれよ。また戻ってくるからさ。」俺は肩をすくめる。
「考えっとくわね。::リタも言う。
フランス料理ということで、フランスのワインにする。
赤はラトゥール、白はシャトー・ムートンにした。
どちらもロスチャイルド(ロートシルト)一族の持ち物だ。
たっぷり時間をかけ、ディナーが終わったのは9時ころだった。
「これからカジノに行くの?」リタが聞いてくる。
「まさか。飲んだらやらないよ。それよりは、今は金色のデザートを所望だね。」
「金の下は赤よ。」
「両方楽しめるのは嬉しいね。」
俺はウィンクした。
会計し、二人で秘密のエレベーターで俺のペントハウスに上がる。
「私、ここのペントハウスは見たことがないの。従業員でも、行けるのは一握りよ。」
「じゃあ、見せてあげよう。」
俺は、リタを連れて自分の部屋に向かう。
バトラーに、「明日は10時にアメリカン。ブレックファースト、ベーコンとサニーサイドアップを二人分、持って来てくれ。」
」俺が言うと
「一人分でいいわ。」リタが言う。
バトラーはうなずいて去る。
「朝食くらい食ったらいいのに。」
「明日は用事があるの。それに、こんなところに長く居たら、自宅に帰れなくなっちゃうわ。」
「じゃあ、せいぜい今をエンジョイしてくれ。」
俺はそう言って、リタを抱きしめ、 キスをする。
「シャワーを浴びさせてね。」リタが言う。
「ああ。」俺はそう言って、自分も別のシャワーに向かった。
===
リタのお話でした。
レイはワインを開けた以上、もうカジノには行きません。
ラトゥールを持つロスチャイルドとムートンを持つロートシルトは別の家でしたが、ロスチャイルドとして再統一しました。
マカオのカジノスクールを卒業後はどこにでも行けます。東洋人は計算が得意なので、ルーレットのブタ張りおじさんの当たりについてもちゃんと計算できます。
まあ、ちゃんと計算できないことがわかるとすぐに首になります。
たとえば14枚が35倍、13枚が4倍、8枚が17倍で合計をすぐに計算しなければいけません。
アメリカ人とかごまかすこともあるらしいです。
レイさんは今日もいろいろ絶好調ですね。
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「面白い」
「続きが気になる」
「マカオ行きたい」
「カジノ当てたい」
「金がない」
「反応ないと作者がかわいそうだから」
「愛田さんに貢ぎたい!
など少しでも感じられたかたは、★、コメント、ハート、レビューなどくださいあ。
「レッドスナッパーのポワレって何?」
「フレンチはわからないけど、鯛の塩焼きみたいなもんじゃない?」 ←違います。
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