7.塔は手蔓ぞ夢見よ兵

 朝ごはんを食べた後、靴を渡されそれを履くよう指示された。なぜと問うたら「足が痛くなるから。」と返された。なるほど、道理だ。

 履き終えると、二人は市街に出て行った。もちろん、私もそれについて行った。


 ここは月華という国の管理遺跡という場所らしい。二人は遺跡を探索する探索者で、依頼を受けて探索している最中だったんだそうだ。しかし、私を保護するために依頼を一時的に中断しているのだという。

 謝ると、怒られた。負担ではないと言われた。報酬が出るとも言っていたが、これは嘘だろう。そんな感じがする。

 しばらくはそんなことを話しながら歩いていた。時折敵が現れることもあったが、二人が瞬殺してしまった。初見に敵対していたらと思うとぞっとする。


「五体か。ザコどもだ、さっさと終わらそうぜ。」

「ええ。えるあちゃんはそこで見ていてください。」

「…お荷物、すね。」

「? どうかしましたか?」

「いいや、何でもないっす。」


 今のところ、私は何の役にも立てていない。役に立とうと考えるのすら間違っているのかもしれない。文句を言ってもしょうがないが、どうにもだ。


「キェャッ! ギャッ?!」

ブォン

「ギャッ」


 一閃。千景さんの大鎌が二つの命を刈り取った。辺りが真っ赤になる。噴き出した血の濃い匂いでクラクラする。


ズダダダダダダダ!!

「ギャァッ?! ギャァァァァー!!!」

「グギャッ」

「アッ」

ズシャ、ドシャッドスグシャグシャグシャグシャバシャバシャバシャバシャ……


 そこから少し離れた所では、硬いもの同士がぶつかる音が連続して響いていた。ばしゃばしゃと大きな音を鳴らす血溜まりがある。生ぬるい風、脳髄を痺れさせる匂い。目が覚めるような、変な感覚。


「終わりました。」

「そ、すか。」

「どうです? 強いでしょう! 私達は!」

「…とても。つよつよのつよっすよ。」

「ふふん♪」


 何度目かになるやりとり。京萬みやまさんは上機嫌だ。繰り返して楽しいのだろうか? 分からない。


「何回やるんだ? それ。…楽しいのか?」

「ええ。もちろんです。」


 千景ちかげさんの問いに京萬さんが答えた。どうやら楽しいらしい。

 千景さんがこちらを見た。


「そうか……なあ、えるあ。」

「ん? 何すか。」

「どうだ、俺達は強いだろ?」


 驚いた。京萬さんに触発されたのだろうか? どこか誇らしげに、千景さんまでもがそう言った。全く予想外な言葉だったが、二人ともが無邪気で何だか面白い。


「強いっす。すごく。」

「……あぁ、なるほどなぁ……結構イイな。」


 千景さんは一瞬にやりと笑うと、すぐに目を逸らした。


「憧れちゃうっすよ。」


……………………………………………


 二人は迷わずに進んだ。驚くほどに順調な道のりだった。私はついて行くだけで、安全が保障された。


「そろそろ着きますよ。」


 京萬さんが声を挙げた。もうじきに目的地に着くらしい。


 角を曲がると、正面に大きな塔が見えた。どうして今まで気づかずにいられたのだろう。威圧的なまでに存在感を示す大きな塔だ。

 壁面を這うような足場の数々や火砲の類が繁雑に絡みつき、異様な雰囲気を醸し出している。例えるなら、増改築を繰り返した建物がこういった感じになるだろうか。


「でかいっす……」

「昔はもうちょい細かったんだけどなぁ……今じゃもうあんなにデカくなっちまった。」

「かっこいいっすね。」

「へぇ……ああいうのが好みなのか。」


 歩くにつれて塔に近づく。大きく、武骨で、重量的だ。その威容に、鬼気迫るようなその熱量に、炙られているような感覚がある。


「大人しくしてろよ。」

「…っす。」


 塔のふもとに着くと、ノイズ混じりの大きな声が聞こえた。


ザザ…

『早かったじゃないか山羊ども! そばにいる銀髪の子が報告の迷い人だね?』

「その通りです!」

「さっさと開けやがれババア!」

『黙れせっかち! もうやってんだよ。そろそろ堪え性というものを身につけたらどうだい?』

ギィィィ……ギギギ……


 言葉が終わる頃、その時には既に扉が独りでに開き始めていた。ぎいぎいと音を立てながら、ゆっくりと開いていく。分厚く、重たそうな扉だ。

 山羊ども、というのは恐らく二人のことだ。そして、迷い人が私。確かに間違いなく迷っていた。


 二人に連れられて扉を通ると、背後で扉が閉まっていく音が聞こえた。それとは別に、何かが駆動するような音がする。高い音、低い音、それらが混ざってどこか安心感のある音色を形作っていた。


ガタン

「おっ?」

「エレベーターです。少し揺れますが……もうすぐに着きますから。」

「着く?」

「て言うか、もう着いてんだけどな。地上と繋がる唯一の拠点。」

ガコン…チーン♪


 昇降機が昇り、私の疑問に千景さんが答えた。昇り切って、目に入ったのは柵と、その奥にある大部屋だ。木製のテーブルがいくつか、ポスターや紙の貼られた掲示板、ATMと書かれた壁の窪み、カウンター。ヒトも数人いる。そんなものが配管の巡る壁に囲まれ、暖色系の光に照らされている。

 軽い音を立てて、目の前の柵がスライドした。


カラララ…

「わぁ…」

きょろきょろ…


 昇降機から降りる。そして、周りを見渡す。思わず感嘆の声が漏れ出た。ここは魅力的な場所だ。


 そうやって周りを眺めていると、誰かから声をかけられた。


「封鎖塔へようこそ。嬢ちゃん。ここはお気に召したかい?」


 先程聞こえていたものと同じ声だ。見れば、一人の老婆が立っていた。和服に、姿勢の良い立ち姿、総白髪を一つに纏め、その眼は老練な輝きを放っている。


「えと、はい。」

「そりゃ良かった。あんた、着いてきな。おい、山羊ども。この子は一旦預かるよ!」

「おいババア、サボりか?」

「大丈夫だよ、心配しなさんな。ちゃあんと花に押し付けてきたからね。」

「アイツか……災難だな。」

「後でお菓子を持っていってあげましょう。ところで、えるあちゃんをどこに連れて行くのですか?」


 老婆が呆れたように答えた。


「あんた、そのくらい把握しておいたらどうだい? 登録室だよ。探索者登録されているかの確認さ。されてなければ、今度は国民照合だ。そこにもなかったら……まあ、何にせよあの性悪眼鏡の所に引き渡す事になるね。そういうお達しだから。」

「そうですか。分かりました。」

「まったく、相変わらず適当だね…」


 老婆が私の方を見た。


「それじゃあ行こうか。あんたに拒否権はないよ。」

「そっ…ですか。」


 老婆が部屋を出た。彼女は拒否権はないと言ったが、どうせ拒否するつもりなんてなかった。それに、まあ、妥当だろう。拘束されないだけ優しいし、むしろ甘いとすら思える。私は老婆に続いて部屋を出た。


 出ると、廊下だった。床は金網、壁を配管が埋め尽くし、吊るされたランタンに照らされている。


「珍しいかい? この辺は殊更に古いのさ。改修はしちゃいるが、古いものは古いね。」

「好きですよ、こういうの。」

「…そうかい。珍しいね、良い趣味をしてるじゃないか。若いのは大抵古臭いっつって嫌がるんだ、こういうのは。」


 会話はそれだけだった。目的の部屋は思ったよりも近くにあって、話し込む暇などなかった。


「座りな。」

「…っす。」

ぎし…


 促され、丸椅子に座る。周りを見れば、ポスターが多く貼られているのが目に入った。大抵は“探索者”に関するもののようだ。整備の有無が生死の分け目やら、探索者十ヶ条やら、そんな事が書かれている。

 ぼんやり周りを眺めていると、がちゃんと部屋が施錠された音がした。


「さてと……あんた、えるあって言うんだって? 白山羊が嬉しそうに報告してきたよ。まあ、あいつはいつも嬉しそうだけどね。ギャンブルで100万スった時も嬉しそうだった……」


 老婆が喋った。私とはあまり関係のない話とは思うが、興味深い。白山羊、多分京萬さんの事だろうが、そんな悪癖があるとは思いもしなかった。


「まあ、そんな事はいいんだ。今はあんたの話さ。」

「…っす。」

「そうだねぇ…単刀直入に行こうか、探索者ギルドって知ってるかい?」

「……千景さんと京萬さんが所属しているって、聞いています。」

「あんた自身は知らないって事だね、ダンジョン管理機構は?」

「知らないです。」

「月華国は?」

「話だけ……」

「ふぅん……なるほどねぇ……じゃあ、手ぇ出しな。ちょっとチクッとするけど、我慢するんだよ。」


 言われた通りに手を差し出す。老婆が何かの器具を私の指に当てがい圧迫した。痛みはない。


「…あれ、えと、すぐやらないんなら何かしら合図をしてほしいのですけど。」

「…いいや。刃が通らんのさ。」

「ぅえ?」

「くくく、あんた気付かなかったのかい。でも、そうだね……」


 老婆はそう言うと懐から大きな針を取り出した。緻密な装飾の施された金色の針だ。美しいが、どこか妖しくもある。

 老婆が笑っている。悪戯な笑みを浮かべて、逆手に持ったそれを、振り上げて、


「ポーションは沢山あるからね。安心をし。」


 そして


 掌に


「おいまて」


 痛み、異物感。あるいは、圧迫感。針は貫通し、模様を伝って血がぽたぽたと垂れる。


 みちみち、ぎちぎちと、そんなような音を鳴らしながら針が引き抜かれた。無造作に傷が抉られ血が噴き出る。私の体内を巡回していたのだとはとても思えない、見たことないくらいに鮮烈な赤色が机を彩っている。


「…血は、十分か。ほら、ポーションだ。」


 血液が浮き上がり、球体を形作った。それから、傷口に翠緑の液体がかけられて、みるみるうちに傷が塞がった。不思議だ。


「…いきなり、なにすんすか。」

「くくく、悲鳴ひとつも上げやしないなんてね。でも、口調は崩れたか。そっちでいいよ、気楽だろ?」

「……貫通させる必要なんてなかったでしょうに。」


 老婆は私の言葉を無視した。そっぽ向いて端末をいじっている。


「登録はないね。完全なる身元不明者だ。」

ピピピピ――

「…使い走りはもう居るのかい。熱心な事だねぇ。」


 老婆が私を見た。目が合って、私はたじろいだ。


「えるあ、今からあんたを地上に連れて行くよ。」

「地上に」

「そうさ。変な気を起こしたりなんかするんじゃないよ? 私らの仕事が増えちまう。」


 地上、地上か。なんだか変な感じだ。今まで居たところが地下であったという実感がない。

 地上は一体どんなところだろうか? 良い場所なら嬉しいな。

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