集団面接

岩倉曰

短編小説 集団面接

 誰に言っても信じてもらえない話だが、集団面接にカッパがいたことがある。


 公民館の薄暗い廊下にパイプ椅子が三つ並んでいて僕ともう一人の人が間を開けて座っているところにカッパは来て、真ん中の席におさまった。もう一人の人は無反応だったが、感情が顔に出やすい僕は思わず会釈をしてしまって、そのせいでカッパは僕に話しかけてきた。

「こんにちは。学生さんですか?」

 自信に満ち溢れた流暢な話し方だった。

「はあ……」

 僕は曖昧に返事をした。

「緊張してる? 俺めちゃくちゃ緊張しちゃって昨夜あんまり寝れてないんだよね」

 全然緊張していなさそうにカッパは言った。あんまり寝れてないからそんなに緑なんですか? とはもちろん聞けない。

「そうですね、まあ、緊張してるかもです」

 スーパーの惣菜売り場の短期バイトごときで何をそんなに、と思われそうなぐらいには、確かに僕は緊張している。

「そっか、お互い頑張ろうね」

 カッパ越しに、もう一人の受験者が笑っていた。本で顔を隠し声を殺しているが、絶対に笑っている。

「ちなみになんでここ受けるの?」

 頑張ろうねで終わらせてくれたらいいのに、カッパは質問を重ねてきた。

「えっと……人と関わる仕事を経験してみたくて……」と僕は、面接官に言うつもりのことを言った。上手く言えなかった。部活の先輩から「大体誰でも受かるから大丈夫」的なことを言われたが、このままでは落ちるんじゃないかと心配になってくる。もう一人の受験者は限界が近いらしく、少しずつ笑い声が漏れ始めている。

「そうなん? いや、絶対ウソだろ」

 カッパは妙に馴れ馴れしく言った。確かにカッパの言う通り、ウソだ。志望動機なんてみんなウソだろ、と僕は思う。

「ちょっとこれ見て」

 カッパはスマホの待ち受け画面を見せてきた。カッパなのにどうやってスマホを契約したんだろうか。爪が鋭くてドキッとしたが、怖がっては失礼だろうとなんとか平静を装った。画面にはカッパが写っていた。自撮りかな? と思った。

「可愛いでしょう。最近の推しなのよ」

 目の前の彼と全く同じ見た目に見えるが、違うカッパだったようだ。

「この子はカッパにしては珍しくキュウリが無理なんだ、まあそのギャップも良いんだけど。でこの子Meltykissが好きだからバイト代全ブッパでMeltykiss貢ごうみたいな。なんかあれ冬しか売ってないじゃん? 推しは推せるうちに推せって言うし、今やるしかないっしょって感じでさ」

 カッパは一方的に捲し立てた。kissの部分の発音に妙に力が入っていて、背中が粟立つような心地がした。

「俺はもうさ、志望動機で嘘つくとかそういうのマジ無いっていうか、事実を言って落ちるならもうそれで良いやって思ってるワケ。だから、ね、推しに貢ぐためです! って答えるんよ、真っ直ぐな目で」

「真っ直ぐな目」

「そう、真っ直ぐな目」

 もう一人の受験者はひとしきり笑って、そろそろ落ち着いたみたいだ。普通に本を読んでいる。

「受かったら頑張れよな」カッパは爽やかに言った。

 面接会場からスーツ姿の小柄な男性が出てきて我々を中に呼び入れた。

 三つのパイプ椅子が並んでいて、我々はそれぞれ座った。またカッパが真ん中だ。

 面接官はまず僕に、会場までどのような交通手段で来たのか尋ねた。僕が「電車で参りました」と答えると、続いてもう一人の受験者に同じ質問をした。彼は「あ、歩いてですね」と答えた。次に、僕に志望動機を聞いた。カッパに言ったのと同じことを僕は答えた。もう一人の受験者は、「生活の足しに」と答えた。さらに市内のどの店舗を希望するか、冬休みのうち何日間働けるかを、僕ともう一人の受験者はそれぞれ答えた。

 まるで受験者が二人しかいないように、カッパは徹頭徹尾、完璧に無視されていた。せめて「カッパは対象外です」だとか、そういう一言さえも無い。僕の地元の荒れた中学にさえ、ここまで陰湿な光景は無かったと思う。

 会場に入るまであんなに生き生きとしていたカッパは最後には表情を失い、「本日の面接は終了です」と言われると真っ先に立ち上がって、こちらに一瞥もくれずに去った。


 あのときのもう一人の受験者、アベ君とは例のバイトでなんとなく仲良くなり、今も時々遊んでいる。

 でも、面接の時のカッパの話をすると決まって、「そんなことあったか?」と首を傾げるのだった。

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集団面接 岩倉曰 @wakuwakuiwaku

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