第26話 適当に返事したわけじゃないんでしょ?

「かがみー! ごめん、お待たせ!」


 朝。いつもの待ち合わせ場所につく。ちょっと遅れてしまった。


 すると、かがみは私に視線をむけてくる。その視線はとても冷たくて私はぞくっとした。


 あら、とかがみは言う。



「遅かったわね綾崎さん」


「綾崎……さん?」


「やっぱり、好きかもしれない相手だと、気が抜けちゃうのかしら?」


「かが……あの、各務原さんっ?」


「私、煮え切らない人はキライなの。さようなら、もう私に話しかけないで」


 フイと顔を逸らして、スタスタと歩いて行くかがみ。


「ちょ、ちょっと待って! 弁解させてーーーーーーーーーーっ!!」


 私は必死に手を伸ばして――




 ピピピピピピピピピピ。


 鼓膜を震わせる、けたたましい音。


 それが目覚ましの音だと気づいたとき、私はベッドに起き上っている状態だった。



 び、ビックリしたぁ~~……


 なんちゅう夢を見てるんだ私は。心臓に悪いにもほどがある。


 夢の中のかがみ、怖かったなぁ。



 あの日から数日が経った。


 私とかがみの関係はとくに変わるわけでもなく、いつも通りの生活を送っている。


 送っている、んだけど……



 やっぱり、私は後ろめたさを感じてるんだろうなぁ。ああいう夢を見るってことは。


 かがみは受け入れてくれたけど、私の言葉は煮え切らないものだ。それに対して、どうしても拭いきれないものがある。



 はぁ……


 ベッドに起き上ったまま、私は深くため息をついた。


 とりあえず、そろそろ起きよう。休日とはいえ、いつまでもダラダラしてるとお母さんに怒られるし。


 顔を洗ってご飯食べて、それから……散歩にでも行こうかな。




 とはいえ、べつに目的地があるわけでもない。


 アパレルショップでウィンドウショッピングをしたり、本屋でマンガの新刊が出てないか確かめたり。そんなふうに時間をつぶす。


 だんだん喉が渇いてきた。どこかでなにか買おうか。


 そんなことを頭の片隅で考えながら町をぶらつく。最近温かく、てか暑くなってきたもんなー。



 天気は快晴だっていうのに、私の気分はなんだか晴れない。


 それもこれも夢のせいだ。……いや、その夢を見たのは私のせいなんだけども。


 こんなときに限ってかがみと会ったりして。と思った、まさにそのときだった。



 見つけた。いや、かがみじゃなくって……


「おーい! 坂井ーっ!」


 人ごみの中に友人の姿を見つけた私は、小走りでむかう。


「え……綾崎っ!?」


 突然名前を呼ばれて驚いたらしい坂井。



「なにしてんの? 私は散歩してたんだけどさー。なんか暑いね今日」


「え、ええ。そうね~……」


 ? なんだか坂井の様子が変だ。笑顔がぎこちないっていうか、どことなく気まずそうっていうか……


「あら、ちなみちゃんのお友達?」


 と、聞きなれない声が。だれだろうと思い見てみると、



 坂井の隣に、一人の女性がいた。


 私たちよりもちょっと年上。たぶん……二十歳くらいかな? どころなく大人っぽい感じ。


 ニコニコと、柔和な笑みを浮かべて私を見ている。お姉さんかな? あんま似てないけど。



「あ、はい。綾崎っていいます。えっと、その……」


「初めまして。私は……」


 そのとき、謎のお姉さんの言葉を遮るようにして、坂井が割って入ってきた。


「今日シフト入ってましたよねっ? そろそろ時間じゃない~?」


 腕時計を見たお姉さんは「あっ」と声を上げた。



「いけない! 私もう行かなきゃ! ごめんね、綾崎さん。また今度挨拶させて」


 言うや否や、駆け出してあっという間に見えなくなってしまった。


 ていうか、なんか……


「坂井? どうかしたの?」


 様子がおかしい気がする。ちょっと心配。


 質問に答えるでもなく黙っていた坂井。もう一度言おうとしたとき、さきに口を開いたのは坂井だった。



「綾崎、このあとちょっと時間ある?」




 私たちは近くのカフェに移動した。


 とくにお腹は減っていないので軽食は頼まずにカフェオレでのどを潤す。


 坂井はといえば、頼んだアイスコーヒーに手をつけるでもなく、なにも言わずにいた。



「あのさ、坂井」


「綾崎」


 私の言葉を遮るように坂井は言った。その顔は、なんだか意を決したって感じ。


 ……なんなんだろう?



「今日のことは秘密にしてくれない? 私に会ったこと。それに……あの人のことも」


 いつもののんびりした声じゃない。妙に真剣な声色だった。


「え、どういうこと? あの人だれなの?」


 坂井はそれでも躊躇っているみたいだった。一度深呼吸をして、それから言う。



「あの人、私の彼女なの」


「……へ?」


 間抜けな声が出てしまった。え? なに?


「だからね~……」


 いつもとおなじような間延びした声。なんかすごく言いにくそう。そういうことなら、私はなるべく、なんでもないことみたいに相槌を打とう。


 躊躇いがちに坂井は言う。



「あの人は、私の彼女なの! 恋人っ!」


「へー。そうだったんだ」


 なんだ、そういうことだったんだ。なるほどなるほど……



「えぇっ!? マジで!?」


 今度は腹から声が出た。


 周囲から見られていることに気づき、慌てて口を押える。


 冗談を言っているのかなと思った。でも坂井の顔は真っ赤に染まっていて、とてもそんな感じではない。


 じゃあ、本当に……?



「あの人はね、バイト先の先輩なの。私の教育係になってくれた人で、大学生なんだけど、とってもやさしくて、素敵な人で……」


 なんか急にのろけが始まった。え、なにコレ。私どんな顔で聞けばいいのこれ。


 困っていると、



「綾崎って、委員長のことが好きなの?」


「はぅえぇっ!?」


 カフェオレを吹き出しそうになってしまった。は? 急になに!?


「私、見ちゃったのよ~。この間屋上で、その……告白してるところ」


 マジすか。


 え、本当に? ヤバい、顔がどんどん真っ赤になっていくのが分かる。


 まさか見られていたなんて。それも、よりにもよって友達に。



「まあ、その……うん、たぶん」


 ああ、ダメだなあ私。ここでも、こんな煮え切らない言葉……


 でも、坂井はとくに気にした様子はなかった。それどころか、すこし気が楽になったみたいな表情をしてる。



「私ね、女の人が好きなの」


 ポツリ、と独り言みたいに言う。告解のような感じだった。


「昔からそうだった。男の人を好きになったことないし。ちいさい頃って、よく言うじゃない~? 『好きだよ』って。小学生のときに友達に言われて言われて、私も好きって答えたんだけど……」


 そこで一度言葉を区切って、胸をギュッと抑えた。



「そのときにキスもしちゃったの。そうしたら変な感じになって、つぎの日には話が広まって、変な目で見られるようになっちゃって……それで怖くなったの。私の好きって気持ちは、普通じゃないんだって」


 さっきは気が楽になったような表情をしていたのに、いまは辛そうな、張り裂けそうな表情になっていた。


「でも、綾崎が告白してるの聞いて、私とおなじなのかなって思って……」


 そういうことだったのか。


 私の気持ちは……



「よく分かんないの。こんな気持ち初めてで。でもさ、かがみといるとすごく楽しいんだよね。ふとしたときにドキッとするし。あいつ学校ではクールじゃん? でもじつは表情豊かで……」


 クスクスと、ちいさな笑い声が聞こえてきた。それは坂井のものだった。


「ごめんなさい。バカにしてるわけじゃないの。ただ、本当に委員長だ好きなんだって思って~」


「なっ!?」


 いきなりなにを!?


 もう、本当はからかってんじゃないの? 私は誤魔化すようにコホンと咳払い。



「でも、聞いてたなら知ってるでしょ? 私が、その……煮え切らない返事しちゃったこと。かがみ、怒ってないかなって思って……」


 もし私がおなじことを言われたらどう思うだろう? やっぱり、ハッキリしてって思うのかな? それとも……


「大丈夫じゃないかしら~」


 いつもとおなじのんびりした声。でも妙に自信ありげに坂井は言った。



「自分と真摯に向き合ってくれたんだもの。うれしくないはずないじゃない。綾崎だって、適当に返事したわけじゃないんでしょ?」


 うん、そうだ。私なりに必死で考えて、絞り出した言葉があれなんだ。決して適当にしたわけじゃない。


 私は応えて、かがみは受け入れてくれた。


 それはたぶん、すごく幸せなことなんだと思う。



「ありがと坂井。気が楽になった」


「いえいえ~」


 いつの間にか立場が逆転している私たちだった。




 今日のことはだれにも言わないと約束して、私たちは分かれた。


 気分は相変わらず快晴。私の心も、さっきとは打って変わって晴れ模様だ。


 なんだか、胸の中のつっかえが取れた感じ。


 これからどうしようかな……



 そうだ、かがみに会いに行こう。


 なにか用事があるかもだけど、とりあえず会いに行ってみよう。


 そのあとは……またあとで考えればいいか。



 私は軽やかな足取りで、彼女のもとへむかうのだった――

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