第25話 私の気持ちが決まったら、違うところにさせてくれる……?

 そっか。私、かがみのことが好きなんだ――。



 なんだろう、こうして触れ合っていると、体中に静電気が走っているみたい。


 はやく離れなきゃ。こんなところだれかに見つかったらヤバイ。でも……


 離れたくない。ずっとこうしていたい。このままかがみと……



「っ!?」


 唐突にハッとなった。


 ビックリして慌てて唇を離す。それでも、まだ感触が残っていた。


 糸も引いてるし。バクバクいってる。心臓爆発しそう。私、なにして……



 状況を理解したとたん、私は急に怖くなった。


 私、かがみのことが好きで……だから……


 好き? 好きってなんだっけ。好きなら、こんなことしてもいいの?


 ダメ、体が熱い。頭がふわふわして、自分が自分じゃないみたい。



「ご、ごめんかがみっ!」


 気づいたとき、私はその場から逃げ出していた――。




 私は彼女が好き。


 彼女は、私とはまったく違う人だから。



「怜那。あなたは本当に優秀ね」


 お母さんからよく言われた言葉だ。


 幼い頃、それがどういう意味なのか、私には分からなかった。でも、


「怜那ちゃんは本当にいい子ね」


 幼稚園でよく言われていたそれとおなじ意味であることに、やがて気がついた。



 私はそう言われることが、どうしてもイヤだった。


 でも私には、周りの期待に応えてしまえるだけの能力があったらしい。


 私がなにかをするたび、頼まれたことをするたびに、各務原怜那という人間のイメージを周りは勝手に組み上げていった。



 各務原怜那ならこのくらいのことはできるだろう。


 このくらいの成績は取れるだろう。


 頼まれたことは文句言わずにやって、面倒見もいいんだろう。



 周りの期待に添って生きることは、正直言って息苦しかった。


 でも、私はそれ以外の生き方を知らない。分からない。


 私は、決していい人間なんかじゃない。私のは計算だ。自分が生きていくための。


 だから、私の周りに人はいても、友達なんて一人もいなかった。



 綾崎七海。


 彼女の周りには、いつも人がいた。


 私みたいにしているわけじゃないのに。言われているわけじゃないのに。どうしてだろう?


 気づいたら、彼女を目で追うようになった。



 彼女には友達が多かった。その中心で、彼女はよく笑っていた。


 彼女は面倒見がよかった。困っている人をよく助けたりしていた。



 最初は私とおなじタイプの人なのかと思った。でも違った。彼女は善意から、それをしているんだ。


 私が散らかしてしまったゴミをいっしょに片づけてくれたのも、彼女がやさしいから。


 彼女のそういうところを、私は好きになったんだ。私とは真逆だと思うから。



 お話をしてみたい……


 ずっとそう思っていたから、出来たときは本当にうれしかった。


 恋人になれちゃうかもって舞い上がった。ちょっとした勘違いから、キスまでしてしまった。いま思うと大胆なことをしたと思う。



 友達から始めない?


 告白したらそう言われた。


 それでも私はうれしかった。彼女は……七海ちゃんは、私の初めてのお友達。


 いっしょにお出かけしたりお勉強をしたり。七海ちゃんといると楽しかった。時間が経つのも忘れるくらいに。



 もし、このまま私の想いが届かなかったとしても、こうして彼女といられるなら幸せだ。そう思い始めていた……


 また七海ちゃんとキスをしてしまった。


 それは事故だった。私が脚立に上っているとき、バランスを崩して落ちてしまった。


 そのはずみで、七海ちゃんとキスをしてしまった。



 七海ちゃんと深い仲になりたいとは思っている。でも、彼女の意に反してまで、そうなろうとは思わない。


 だから慌てて離れて、ケガはないかと訊いた。でも……


 七海ちゃんはその言葉を遮るようにして、私の唇を塞いできた。


 一度離れた唇を、もう一度触れ合わせて。



 混乱した。でも、その理由を訊くよりもはやく、


 七海ちゃんは資料室から飛び出してしまった――




 どうしよう……


 どうしようどうしよう。私、なんだか取り返しのつかないことをしてしまった気がする。


 気づけば、資料室を逃げ出した私は屋上で息を切らしていた。



 ちゃんと謝らなきゃ。話さなきゃ。じゃないと、いままでの関係でもいられなく……


「七海ちゃん!」


 扉が開く音が聞こえたと同時、かすれた声が。もうすっかり聞きなれた声が。


「どうしたの? 大丈夫?」


 振り返ると、かがみも息を切らしていた。


 そんな状態なのに、訳が分からないはずなのに、私のことを心配してくれている……


 話さなきゃ。ちゃんと。



「かがみ、ごめん、その……さっきのはね、えっと……バランスを崩しちゃって……」


 それなのに、そう思っていたのに、私の口から出てきたのは誤魔化しの言葉だった。


 私、さっきのことをなかったことにしようとしているんだ。



「好きよ。七海ちゃん」


 そんな臆病な私を責めるでもなく、かがみは私をまっすぐに見て言った。


「七海ちゃんのことが大好き。あなたがどんなことを考えていても、私は七海ちゃんが好きよ」



 ドクンと胸が高鳴った。


 かがみに好きだと言われるたび、私は体中が熱くなるような、胸がいっぱいになるような気持になった。


 なにか見えない力に引っ張られるみたいにして、私の口はゆっくりと開いた。



「私もかがみのこと、好き……かもしれない」


 ポツリ。やわらかに吹く風の中にさえ、溶けて消えそうな声だった。


「自分でもよく分かんないの。こんな気持ち、初めてだから。かがみといると楽しくて、もっといっしょにいたいって思えて……」


 まとまらない感情を、なんとか言葉にしようとする。でも私は拙くて、思うようにできない。それでも、かがみは黙って聞いてくれていた。



「だから、その……つまり……」


 ヤバ、なんか泣きそう。もうわけ分かんなく……


「ありがとう、七海ちゃん」


 やわらかな、包み込むみたいなその声に、私はハッとなった。



「正直に話してくれて。七海ちゃんの気持ちが聞けただけで、私は十分よ」


 こんなときでもかがみはやさしい。私のことを想ってくれているのが分かる。


 だから私も応えなきゃと思った。かがみの気持ちに。



 私は一歩踏み出す。あるいはちいさな、でも自分にとっては大きな一歩を。


「かがみっ」


 今度はかがみがハッとしたみたいだった。私がかがみに歩み寄ったからだろう。


 その頬に、私はそっと唇を触れ合わせた。



「七海ちゃん……」


「いまは、こうさせて」


 拙い形でも、なんとか伝えたい。いまの私の気持ちを。


「私の気持ちが決まったら、違うところにさせてくれる……?」


 驚いていたような顔をしていたかがみは、やがてふわりと微笑んだ。いつものように。



「ええ。待ってるわ」


 心臓がバクバクしすぎてはちきれそう。ていうか……


 もう、立ってるのも限界だ。



「な、七海ちゃん!? どうしたの!? 大丈夫!?」


 かがみの言葉に答えることもできず、私はその場に座り込んでしまったのだった。

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