第24話 私、かがみのことが

「綾崎ー。メシ食おうぜメシ」


「うん……」


 昼休み。石田に誘われるも、私は心ここにあらずだった。



 私の視線は、気づけばかがみにむいていた。


 昨日私が選んだ下着。いまつけてるんだろうか。


 見えている制服の下、かがみの下着姿を想像してしまい……っていやいや!


 なにを考えてるんだ私は! めっちゃ変なことを! 男子中学生じゃあるまいし!



「綾崎やいっ!」


「ぅひゃいっ!?」


 突然わきの下に手を入れられ、飛び上がって驚いた。


「急になにすんの!」


「だって何度呼んでも返事しないからさー。どしたん? なにかあった?」



「べつになんでもないって。ちょっとボーッとしてただけ」


 まさか本当のことを言うわけにもいかず、適当に誤魔化す。……いや、誤魔化せたかな?


 不安に駆られていると、石田の隣にいた坂井がにまっと笑う。



「あ、分かった~。委員長のこと考えてたんでしょ? 最近仲いいもんね~」


「え、そうなの? じゃあ委員長も誘おうよ。おーい、委員長ー!」


 私が止める間もなく、石田はかがみに絡み始めた。


 そんなわけで……



「ねえねえ、委員長って中学どこ? ひょっとして私立とか?」


「いいえ、普通の公立よ。東中」


「最近ちょっと太っちゃってさ~。委員長は細くていいわね~」


「坂井さんも全然細いじゃない。とっても魅力的だと思うわ」


 今日はかがみを入れた四人で食事をすることになった。ていうか……



 かがみ、なんか普通に二人と話してるな。


 コミュ障って言ったらあれだけど、もっとクールな感じかと思ってた。


 考えてみたら当りまえか。普段私とも話してるんだし。この間四人で食べたときもそうだったもんね。でも……



「七海ちゃん、どうかしたの?」


「えっ? な、なに、かがみ」


「いえ。なんだか難しい顔をしてるから」


「なんでもないよ。ちょっと考え事」


 そう、考え事だ。べつにかがみがだれと仲良くしたって、モヤモヤすることなんてないじゃん。



「かがみぃ~?」


「七海ちゃん?」


 石田と坂井が訝るような声を出した。


「なんか距離近くない? やっぱり仲いいの?」


「ええ」


 と、かがみはあっさり同意した。


「私たち、お友達なの」


 ね? と私にも同意を求めてくる。そう言われたらうなづくほかない。べつに隠すことでもないし。


 そう、友達……なんだよね。そもそも私が言い出したことだ。だからモヤモヤする理由なんてないはずなのに。



「委員長の弁当いいね~。自分で作ってんの?」


「ええ。家共働きだから、親はあまり家にいないの。よかったらお一つどうぞ」


「いいの? じゃあ恒例おかず交換始めようぜ~」


「いいわね~。私もパンじゃなくてお弁当にすればよかった~」


 ……なんか急に距離近くないこの三人。いや、普通かこのくらい。


 でも、なんか……



「か、かがみ! これ新発売なの! 一口あげるっ!」


 紙パックのジュースをかがみに差し出す。


 一瞬驚いたような表情になったかがみだけど、ストローに口をつけて一口飲んだ。


「んっ、本当、おいしい。ありがとう、七海ちゃん」


「ど、どういたしまして……」


 よかった……いや、よかったか? なに焦ってるんだ私。



 よくよく見てみると、かがみはいろいろな人と話をしてた。


 その多くは、この問題教えてーとか、宿題見せてーとか、そんな話だけど。


 どんな話にも応対するかがみだけど、私と要るときみたいな笑顔はない。そのことに、なぜか私は安心した。


 ……いや、なんで安心するんだ。そんな理由ないじゃん。


 かがみって人気者なんだなー、といまさらながらに思う。



 そのかがみ、今度は先生にパソコンを渡されてカチャカチャやっている。


 なにか仕事でも頼まれたのかなー。てかそんなこと生徒にやらせるか普通。


 なんか私、今日は一日中かがみを目で追っているような気がする……



 モヤモヤが収まらない私は、なぜかかがみと資料室で二人っきりになった。


 いや、なぜかっていうか、


「ありがとう、七海ちゃん。手伝ってくれて」


「いやべつに。気にしないで」


 今度は倉庫整理を頼まれたかがみの手伝いをしてるんだけど。



「てかかがみさ、仕事頼まれ過ぎじゃない?」


「そうかしら?」


「そうだって! 頼られてるのは分かるけどさ、たまには断ったら?」


「でも、だれかがやらなきゃいけないことだし。それに私も楽しんでやっているから」


 かがみはなんでもないことのように言った。でも……


 どうしてだろう? いまの言葉がかがみの本心だとは、私には思えなかった。



「七海ちゃん、ちょっと脚立おさえててくれる?」


「うん」


 言われたとおりにすると、場には沈黙が落ちた。


 資料室には時計もないから、沈黙を破っているのは外から遠巻きに聞こえる声だけ。


 ねぇ、とその声にかぶせるようにかがみは言う。



「七海ちゃん。今日私のこと、ずっと見てるわよね。どうして?」


「うぇっ!?」


 ば、バレてたんだ。反射的に顔を上げる。と、



 脚立に乗ったかがみ。それを押さえる私。その状態で上をむけば、必然的に見えてしまう。


 かがみの、下着が。


 黒いレースの下着。コイツ、またこんな派手なものを。てかこれ、私が選んだやつだ。だって、両脇のフリルまで見えてる。


 そっか、つけてくれてるんだ。



 二つの意味で動揺した私は、脚立を押してしまった。


 そのせいで、乗っていたかがみはバランスを崩してしまって……



「きゃっ!?」


 悲鳴が聞こえたのが最後だった。かがみに押し倒されるようにして、私はその場に倒れこんだ。


 ごめんかがみ。と言おうとして、違和感に気づく。口を開くことができなかった。


 唇に、なにか感触がある。あたたかい、それにやわらかい、これって……



 鼻先にかがみの顔があった。


 とても近い。視覚や嗅覚がかがみで一杯になるくらいに。それがすこし遠くなる。と同時に、声が降ってきた。



「ごめんなさい、七海ちゃん! ケガは……っ」


 かがみは最後まで言い切ることはできなかった。ぶつ切りになった言葉は吐息に溶けて消える。



 離れた距離を、ふたたび縮める。今度は私から。


 頭をすこし上げて、自分の唇をかがみのものへと重ねていた。


 自分がなにをしているのか、自分でも分からない。状況を飲み込むことができなかった。


 それでも私は、たしかに求めていた。目のまえの少女を。


 分かるのは、かがみがそれに応えてくれてるっていうこと。



 そっか、そうなんだ。


 ようやく分かった。モヤモヤの正体が。



 私、かがみのことが好きなんだ――。

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