第23話 今度は私が七海ちゃんのを選んであげる

 私は一度深呼吸をして、それから腕時計で時間を確認した。


 今日は日曜日。かがみとのデート……もとい、遊びに行く日だ。


 とはいえ、はやく来すぎたかな。まだ約束の三十分まえだ。駅前には、私とおなじく待ち合わせをしているらしい人たちが結構いた。


 いまのうちに身だしなみを確認しとこうかな。服は……大丈夫だよね? 結構時間かけて選んだし。


 手鏡を出して、前髪を整えているときだった。



「七海ちゃんっ」


 最近すっかり聞きなれた声に顔を上げる。……そう、聞きなれた声、なんだよね。


「おはよ、かがみ……っ」


 息を呑んだ。


「ええ、おはよう。待たせちゃってごめんなさい」


 清楚系の服を着たかがみは、長い黒髪をなびかせて微笑んだ。その顔に、ドキリとする。



「べつに待ってないよ。それより似合うじゃん、その服」


「ありがとう、七海ちゃんに褒めてもらえるなんてうれしいわ」


 また微笑むかがみに……ドキリ。誤魔化すために言った言葉なのに、結局目を逸らしてしまい……



 ぐぅ~~~~~~~~



 すぐに戻る。え、なにいまの音。まさか?



「ごめんなさい、私だわ。お腹すいちゃって」


 照れくさそうに笑うかがみ。


 ドキドキしちゃったけど、やっぱりかがみはかがみだ。




「いきなりカフェでごめんなさい。じつは朝ごはん食べてなくて」


「そうなの? ご飯抜くのはよくないよ」


 そうなんだけど、とかがみは苦笑する。


「今日七海ちゃんとお出かけするのが楽しみで、がんばって準備してたら時間くなっちゃったの」


「そ、そうすか……」


 そんなに楽しみにしてくれてたんだ。私だけじゃなかったんだ。なんかうれしい……



「いただきます」


 手を合わせてパンケーキを口に運ぶかがみ。私はそれを眺めながらコーヒーを飲む。


「七海ちゃんは食べないの?」


「うん。私は朝ごはん食べたから」


「でも、これすごくおいしいわ。よかったら一口食べる?」



 そう言って、かがみはフォークを私のほうへ。


 え。た、食べさせてくれるってこと? てか、ちょっとパンケーキ大きくない?


 あたふたしていると、



「あ、はやく。クリームこぼれちゃうわ」


「ちょ、ちょっと待って……んっ」


 思い切って一口で食べる。


 かがみのまえで大口を開けてしまった。恥ずかしい……


 口元をおさえてモグモグ。うん、たしかにおいしい。



「かがみはさ、こういうお店よく来るの?」


 照れを誤魔化すために話を変える。ちょっと露骨かなって思ったけど、かがみはとくに気にした様子はなかった。


「たまによ。勉強したいときとか」


「写真撮ってインスタにあげたりは……しないんだっけ?」


「ええ。ああいうのよく分からないから。七海ちゃんは?」


「私はやるかな~。石田たちと来たときなんかは」



 ふーんと頷いたかがみは、それからなにかを思いついた顔になった。


「私もやってみようかしら。七海ちゃん、写真撮ってくれない?」


「いいけど」


 急にどうしたんだろう? 思いつつ、かがみのスマホを受け取って写真を撮る。


 写真写りもいいなー。美人はこういうとこズルい。



「撮ったよ。めっちゃいいね付きそう」


 なんなら私のフォロワーなんてあっという間に抜きそう。が、


「SNSにはあげないわ」


「え? じゃあ、どうするの?」


 答えは言葉じゃなくて、ピコンというスマホの通知音だった。



 見ると、かがみからメッセージが。


 なんだろう? 目のまえにいるのに。ロックを解いて見てみると、


 かがみがいた。写真に写ったかがみ。ていうか、私が撮ったやつだった。



「あげるわ。七海ちゃんに」


「ど、どうもっす……」


 いや、貰ってどうするのって話だけど。……とりあえず保存しとこ。




「なんだかごめんなさい。私にばっかり付き合ってもらっちゃって」


「いいって。これはかがみへのお礼なんだし」


 とはいえ、まさか下着を買いに来るなんて思わなかったけど。


 私も新しいの買おっかな~。



「ねえねえ、七海ちゃん。これなんてどうかしら?」


 と、かがみは下着を自分の身体に当ててみせる。


 赤のレースの下着だった。かがみさん、またそんな派手なものを。そういうのが好みなの?


「に、似合ってると思うけど……なんで?」


「せっかくだから、七海ちゃんに選んでもらおうと思って」



「私にっ?」


 え、それってどういうこと? かがみがつけるの? 私が選んだ下着を?


 私に選んでほしいって、それって……



「七海ちゃんはどういうのが好みなの? 教えて」


 興味津々といった様子のかがみ。


 私はかわいい感じのが好みなんだけど、かがみの趣味には合わないよね、たぶん。


 うーん、どうれがいいかな……あっ。



「これなんてどう?」


 見つけたのは上下お揃いの黒の下着。ちょっと派手かもだけど、両側にフリルがついていて私好みな感じ。


「そういうのが好きなの? じゃあ、ちょっと試してみるわね。いっしょに来て」


 といったかがみは試着室へ。え、マジで? と思っている間に、かがみは試着室のカーテンを開けた。



「七海ちゃん、どうかしら?」


 何気なく訊いてくるかがみとは裏腹に……ゴクリ。私は生唾を飲み込む。


 繊細な、きめ細かな白い肌。つんと上をむいた二つの大きなふくらみ。てか腰細っ。スタイルよすぎでしょ。


 なんかドキドキしてきた……


「七海ちゃん?」


 思わず見入っていると、かがみが不思議そうに小首を傾げていた。



「なんでもないなんでもない! いいんじゃない? よく似合ってるよ、うん」


 てかなんか変じゃない!? 普通見せたりしないでしょ! そんな、恋人みたいな……


「ありがとう! じゃあこれにするわ」


 うれしそうに言うかがみ。まあ、喜んでくれてるならいっか。


 カーテンを閉めたかがみは、でもすぐ開いてきた。なんだろう? と思っていると、



「お礼に、今度は私が七海ちゃんのを選んであげる」


 ニコッと笑ってまた閉める。私は「うん」と何気なくうなづいて、


「うんっ!?」


 その場で立ちつくしてしまったのだった。




「今日はありがとう、七海ちゃん。今日は楽しかったわ」


「ど、どういたしまして……」


 帰り道、かがみは満足そうに言った。対する私は、まだドキドキが止まらない。


 本当にかがみに下着を選ばれてしまった……思い出すだけで顔が赤くなってる気がする。


 どうしよう。これ、つけなきゃダメかな? なんか恥ずかしいんだけど。とはいえ、



「私も楽しかったから。そんな気にしないでよ」


 かがみは一瞬キョトンとして、それからはにかんだ。


「ならよかった」


 コイツ、私をドキドキさせる天才か。



 なんか私、今日はドキドキさせられっぱなしだな。


 どうしてかがみといると、こんな気持ちにばかりなるんだろう?


 石田たちとじゃ、こんなふうにドキドキしたりしない。かがみといるときだけだ。


 かがみは友達。大切な友達だ。でも……



 友達とじゃ、こんな気持ちにはなったりしないのかも。


 だとしたら、私はどうしてこんなにドキドキしてるんだろう? かがみもおなじ気持ちなのかな?



 答えが知りたくて、ふと隣を見る。


 けど、いつも通りのかがみの表情を見ても、もちろん答えは出なかった。

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